9-1 間話・自分より最愛を貶められる方が〜オズバルド視点
腹の中が煮え滾るような怒りに全身が震えた。
「オズバルド様、あのっ、いくら陛下がお認めになったからとはいえ、そんなどこの誰と知れぬ見窄らしい姿の貴族令嬢とも思えないような女など婚約者にしては、オズバルド様とロイスデン公爵家の恥となりますわ!」
ユテ家の令嬢……いや、あんなの令嬢ですらないな。ユテ家の小娘が私の唯一に対して暴言を吐いたこと。腹立たしいことこの上ない。
だけどネスティーは全く気にしていなかった。
……それだけ、彼女の育ってきた環境が悪かったのだという証左に思えて胸が掻き毟られるような思いをする。
暴言も暴力も慣れていると言わんばかりの、あまりにも冷静かつ他人事のような態度。
言われ慣れている。
暴力を振るわれ慣れている。
ーーそんなことに慣れるような生活をしてきたという証。そんなものに慣れないで欲しいとは思うが慣れないと心が折れてしまうから、慣れることにしたのだと思えば、あの伯爵家の者達は使用人も含めて許し難いとしか思えない。
けれど。今はそれよりも大事なことがある。
他人事のように流してしまう態度を取るネスティーは、きっとそうやって自分を守ってきた。でも今は耐えなくていい。流さなくていい。
そんなことを言われたら怒っていい。暴力を振るわれたら怖がっていい。嘆いていい。一人で抱え込まなくていい。ーー私が居る。
だけど長年染み付いてきた事だろうから、先ずは私がネスティーの代わりに理不尽な言い掛かりや暴言などに怒ることにしよう。
「ユテ侯爵令嬢、君は誰に物を言っているのか自覚が無いようだね? 私は先程、陛下もお認めになった婚約だと伝えた。つまり警告だ。陛下だけでなく我がロイスデン公爵家をも侮辱する発言をしているのだよ。私の両親が彼女のことを知らないわけがないだろう。両親も認めた上での婚約者だ。全く、そんな簡単な事すら分からないとはユテ家も大したことがないな。厳重に抗議させてもらう。それと私が彼女を好きで居るのだから君には関係ないし、君の許可も要らない。当然な。見窄らしいなどと君程度が口出しすることでもない。彼女への侮辱発言を今すぐ謝罪しないのなら、こちらも相応の対応をしなければならないが、どうする?」
これは警告であり……温情だ。
目の前に居る小娘の気持ちに気付いてないわけじゃなかった。一人娘であることから婿を取りたいと思っていたことは知っているし、家のためにも……後はまぁ自分のためにもだろうが……私と縁を繋ぎたいと思う気持ちは理解出来る。
侯爵位だから私が婿入りするにしても見劣りの無い爵位だし、可はないが不可もない家だから私が婿入りしても困ることは無いだろう。
だが、ロイスデン公爵家は抑々唯一を伴侶にする家であることは高位貴族であればあるほど知っているはず。小娘が知らずともユテ侯爵夫妻は知っているはずだ。だからこそ婿入りの打診がどの家から来ようとも断っている、というのに。
所謂デビュタント……つまり夜会にデビューして成人の仲間入りを果たしたばかりだとしても、成人である以上、知らなかったでは済まされないことがある。
例えば王家のきまりごと。
例えば存在だけは知られているオーデ侯爵家。
……例えば我が家の“唯一”に対する態度。
目の前の小娘は確か成人として迎えられたばかりだったはず。つまり、知らなかったでは済まされない状態だというのに、何故、このような暴言が吐けるのか、皆目分からない。
私は陛下も認めて下さったと言った。
当然両親も兄上達も知っている上での婚約者であるネスティー。
そして、ロイスデンに生まれた者は伴侶を決めたのならそれは即ち“唯一”であるということなのに。
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