8-3 間話・とんでもない相手が婚約者になったものだ〜ガスティール視点
「義兄上」
オズバルド殿の呼びかけに反応が遅れた。
義兄……確かにネスと結婚すれば、いや、婚約の時点でもういいのか? 義理の兄弟にはなるけれど義兄と呼ばれることになんだか違和感。いやいやそうじゃなくて。
「ええと、なにかな、オズバルド殿」
慌てて返事をすれば彼はにっこりと笑う。
つられて笑い返した私の耳にはーー
「ネスティーが貶された落とし前は、私が付けるということでよろしいですか。それとも義兄上に何か腹案がありますか」
という恐ろしい提案が聞こえてきた。
落とし前の腹案?
そんなもの、あるわけがない。
「オズバルド殿に一任するよ。君はネスの婚約者なんだもの」
スルスルと先程まで考えていたこととは真逆の返答が口から出てくる。……ネス、ごめん。お兄様は笑顔なのに怒り心頭のオズバルド殿の圧には逆らえなかったんだ。ーーだって怖いんだよぉ。
「ありがとうございます、さすが義兄上。私の気持ちをご理解下さるとは感謝します」
気持ち? こんなに空気を冷たくしておいて理解出来なかったらよっぽど、のほほんとのんびりして生きてきたか、途轍もなく鈍いか、そのどちらかだろうよ!
私は命が惜しいんだ!
「結末は知りたいけどね」
「結末だけなんて、そんな楽しみを半減させるようなことはしませんよ。義兄上には最初から最後まで特等席で観ていてもらおうと思ってます」
……何を仕出かすか分からない怖さのあるオズバルド殿だから、何をしたのか結末だけ教えてもらおうと弱腰になっている私に気付いているのかいないのか。
オズバルド殿は爽やかな笑みに似合わない凄惨さを感じさせる不穏な言葉と共に、私を連れて護衛達の案内に導かれていく。
ーーいやいやいや、いくらネスを侮辱されたことは私も気に入らないとはいえ、もう目が完全に殺気溢れた危険度満載のものになってしまっているオズバルド殿の仕返しとやらを間近で観る勇気なんて無いよ!
そんな私の悲鳴は当然、口から出ずに内心だけなのでオズバルド殿には聞こえていない。
それが分かっている私は大人しく護衛達と共に彼の後をついていくことにする。
昔読んだ本にこんな記述があった。
長いものには巻かれよ、と。
意味は相手をしても勝ち目のない相手には逆らわずに妥協することも大事だ、というようなことだったはず。
……うん。権力とか身分とかそういうこだわりを取り払っても、オズバルド殿には逆らわない方が身のためになるだろう。間違いなく巻かれている方がいい。
こんなことを考えて、何とか肌に突き刺さる程の空気の冷たさを持続中のオズバルド殿への怖さを散らしているというのに。
「こちらでございます」
「分かった」
どうやら先程のユテ侯爵令嬢とその両親が泊まる部屋に辿り着いたようだ。
ーーますます冷たい空気が濃密さを増して痛いどころか血反吐を吐きそうなほどに冷たさが濃く重たいものに変わった。
……コレ、こんな空気感なのに、この部屋に滞在中の三人は何も知らないのだろう。いや多分表向きのオズバルド殿しか知らないような者達だったのだろう。
だから、抑々オズバルド殿が陛下も認めた婚約だと言っているのに関わらず、身勝手にも己の方が相応しいなどとは言わないだろうし、親達もそれを黙認の上、子を庇うような発言はしない、はずだ。
それが分からないからこそオズバルド殿の怒りに触れているのだろうが……。まぁ理解度の低い自分達の行いの結果だと思って甘んじて受け入れるべきだと思う。
そんで、この冷たく重いこの空気に晒されてどれだけ自分達が迂闊な言動をしたのか思い知るべき。私は巻き込まれたくなかったのに、ガッツリこの空気に巻き込まれているのだから!
お読みいただきまして、ありがとうございました。




