7-7 「公爵家」の偉大さとその影
「あまり比べるようなことはお伝えしたくはないのですが。クズ伯爵の娘でお嬢様の異母妹の方がそういった意味では貴族令嬢らしかった、と言えます」
アズは良いことも悪いこともハッキリ言ってくれる。だからまぁ信じられるのだけど。
……そうなのか。
シッティの方が令嬢らしかったのか。
「まぁ、令嬢ではなく養女様とか養女殿とか呼ばれていたお方ですけどね」
「そう呼ばれていただけで、振る舞いは貴族令嬢らしかったということでしょう?」
「……はい」
国の法律からすればあの異母妹は養女扱いだし、実際のところ周囲もそう思っていたようだけど、振る舞いは貴族令嬢らしかった、と知って複雑な気持ちが過ぎる。
「お嬢様は……環境が悪過ぎました。いくら私が教えていたとしても限界が有りますし、やはり家庭教師として仕事をされている未亡人の方や夫人の方が教える方が令嬢らしい振る舞いも身に付いただろうとは今でも思っています。正直なところ、お嬢様が万が一どなたかに嫁ぐことになったとしたら、不安でしかない程でした」
「そこまで……」
情緒面の成長、という言い方をアズはしていたけれど。実際そっちも確かに疎いし育ってないのも確かだけど。
アズの知識や教養を頼りにするしかない私は、もしかしたら流行の服飾品とか貴族の間で流行している歌劇だったり詩集だったり……つまり芸術方面を含む教養とか、そういったこともきっと疎い。
お茶会デビューもしていない私が、万が一どなたかに嫁ぐことになって社交をしなくてはならなかったとしたら……。
ーーその想像に、今更ながらに震える。
だって何も知らない。
いえ、知っていることが偏っているだろうから流行についていけない。もちろん流行ばかりを追いかけていくことがお茶会ではないことは理解しているけれど。
流行を知らない令嬢や夫人が疎外されるというのは……まぁ前世でもあったことで。
中心メンバーから仲間外れにされても別のところで生きていけばいい、という社会なら構わないのだけど。貴族の世界では爪弾きに合うということイコールで居場所が無いどころか下手を打てばお家が没落まっしぐらに成りかねない。
冗談でもなんでもなく、身分制度のある世界というものは権力を持つ者にそっぽを向かれたら何にも出来ない。お偉い方に目をつけられたら、肩身が狭い思いどころじゃなく、周囲から相手にされないわけで。
相手にされないということは、例えば領地の特産品を売れないし逆に買わせてもらうことも出来ないとか。商人から欲しい品物を買わせてもらえないどころか寄り付いてくることもないとか。
絶対的な身分差というのは、そんなことにまで影響する。
それは領地持ちなら領民の生活も命も守れないことにもなる。
ーー流行を知らないから。
たったそれだけ、とも言えるけれど。されどそれだけ、とも言える。
流行の話題に付いていけないということは、情報を把握する能力が低いとも言えるし、情報を把握する能力が低いということは、自家に有利な情報を得られないとかその手のことに興味が無いとか、そのように周囲に思われる。
これが嫁ぎ先だったなら自分の生家だけでなく婚家にも不利益を生じさせるようなもの。その上恥を掻かせてしまっているようなもの。
……離婚案件だと言えるわけで。
私はその想像だけで身震いが止まらなくなってしまった。自分が離縁されるだけならば、周囲の心ない反応も我慢が出来るけれど、私が夫人として婚家に損害を与えていたのなら婚家もかなり醜聞に塗れることになっていたのだろう、と予想できる。
その責任の一端が私にのしかかって来ることは間違いない。
……つくづく、仮の婚約者だろうとなんだろうと跡取りの方との婚約じゃなくて良かったぁ。
ーー仮にこのネスティーの心の叫びを内心ではなく口から出ていたとしたのなら。聞いていたアズが速攻で「そこはオズバルド様で良かった」と仰るべきですよ、と突っ込みが入っただろうけれど、内心の叫びであって声には出ていなかったので幸か不幸かその突っ込みは為されなかった。
お読みいただきまして、ありがとうございました。