7-5 「公爵家」の偉大さとその影
その宿も公爵家御用達とまではいかなくてもそれなりに高級な宿であることは分かった。
抑々こちらの国は前世の日本のように宿に当たり前のように駐車場があるわけじゃなくて、大抵の場合平民は辻馬車を利用するので馬車を止めておけるスペースが無い宿に泊まるもの。
対して高級宿は馬車を止めておける……要するに前世の駐車場的な場所を契約して確保している。宿に併設されているわけじゃなくて馬車だけは別のスペースに止めておく形。当然、一台で動くことがない場合、馬車の台数分を確保しておくわけで。
となると、誰が利用するのか通達もされる。……それはそうだろうな、とは思うのだけど。
プライベート情報管理、なんて考え方は無いだろうし、あまり目立たないような馬車とはいえ、辻馬車とはあまりにも格の違う馬車が走っている時点で貴族だろうことは分かるのだろう。
……つまり何が言いたいのかというと。
宿に到着してオズ様にエスコートされた私の目に映ったのは、貴族が見たいという平民の皆さまの好奇心溢れる視線の中に時折混じる嫉妬の視線。
おそらく見目麗しい……まぁベルトラン様に似た容姿の時点でお察しなのだけど……オズ様にキャーキャーしていた若いお嬢さん達が、オズ様にエスコートされた私を見て嫉妬している、といったところだろうな……と推測できる。
まぁ見目麗しいし背は高いし騎士程ではないけれどそれなりに鍛えていらっしゃるらしいのでちょっと胸板に厚みがあって、逆三角形とはいかないけれどちょっと逞しく見える身体付きのオズ様がエスコートしているのが、どんな絶世の美女かと思ったら平凡な見た目にちんちくりんで痩せっぽちの私だもん。
そりゃあ視線的に「なんでお前が」という視線になるよね……。
ーー女の嫉妬怖い。視線だけで焼かれてしまいそう。
でもオズ様はそんな視線など知らない、とばかりに私にしか目を向けない。……そういえば馬車の中でお茶会でも令嬢達に囲まれた経験がある、とか言ってたからこの手の視線は慣れっこなのかも。
ここで周囲に視線を向けて女の子達に笑顔を振り撒く方が私への嫉妬の視線は和らぐ……かもしれないけど、逆に変に期待を持たせるような形となってしまうこともあり得る。
そうなったら更に私への嫉妬の視線が増す……だけならいいけど、それ以上の行動に出られたら厄介だよね。そう考えると周囲に目もくれないオズ様の態度は正しい、の、かな。
いやでも、私だけを見ていることは、私にも周囲にも誠実な形として理解出来るけれど独占していると思われているだろうし。それはそれでやっぱり嫉妬の嵐なわけで。
そんなことをグルグル考えている間にも宿に入ったので痛い視線は無くなった。
サッと公爵家の使用人の一人が宿のおそらくは支配人辺りだろう偉そうな人と一言二言会話して、部屋に案内される。そうして割り当てられた部屋に入った私はようやく呼吸が出来るような気持ちになって大きく深呼吸をした。
「お嬢様? お疲れですか」
アズが私の様子を気にかけてくれる。その隣ではヒルデが荷物をクローゼットに仕舞い込んでいる。
「ううん。馬車から降りた時のお嬢さん達の嫉妬の視線を浴びて疲れただけ」
「……ああ」
私の返答にアズが深く頷く。気持ちを分かってもらえたらしい。
「きっとオズ様の隣に居るということは、ずっとああいう視線を浴び続けるってことなんだろうね」
私がオズ様と愛称呼びを強制されていることを知っているアズは、そのことについて何も言わない。けれども私の言葉に引っ掛かるように首を傾げた。
「それはどうでしょう」
「どうって?」
「ロイスデン公爵領に到着したら、あのような視線を浴びることは寧ろ無くなり歓迎されると思いますが」
「えっ、まさか」
アズの歓迎されるという言葉が理解出来なくて信じられないという顔をすれば、到着すれば分かりますよ、と穏やかにアズが笑った。
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