7-1 「公爵家」の偉大さとその影
結局のところその日一日は宿でゆっくり過ごして翌朝に出立することになった。物凄く当たり前のことなのだけれど、公爵家の使用人の皆さまも宿の方も何も言わない。それがとても嬉しかった。
だって。
私が体調を崩してもアズしか心配しなかったし、それ以外の人に知られたら伯爵なんかは罵倒するし使用人達は病人扱いじゃなくてバイ菌扱いみたいなもので。
アズが庇ってくれていたって聞こえてくる「病を移すな」という声とか「死んじまえばいいのに」という声とか。どれだけ耳を塞いでもその隙間から聞こえて来るような気がして。
私の世界にはアズしか居ないのだ、と思ったことすらあったから。
当たり前に心配されて当たり前に「身体を休めることを最優先で」と優しく労ってくれて。
何故か看病する、と張り切るオズバルド様に頭痛はもう大丈夫ですよ、とお伝えしながらも。
「生きていて良かった……」
とポロリと口から零れ落ちた。
……すごく嬉しいのだと自分で分かっている。
宿の寝室ではなく簡易なソファーとテーブルがある方で二人並んで座っている。
婚約者だからいいはず、と人が一人座れる程度に間を置いているけれど並んで座っている私たち。
「ネスティー?」
「ごめんなさい、オズバルド様。……アズ以外の人に心配されたり労られたり看病してもらったり。なんだか生きていて良かったって思ってしまって」
すみません、変なことを言って、と笑えば、いつの間にか少し距離を詰めたオズバルド様が伸ばした手が私の頭を撫でて。
「変じゃない。それだけ辛かったんだ。ネスティーはもっと我儘になっていいし……君は我慢し過ぎだからもっと泣いていいんだ」
優しく撫でられる頭が気持ち良くてポロリと涙が零れ落ちる。それを見たオズバルド様がもっと泣いていい、と促してくる。
それにつられるように後から後から涙が溢れて。幼子のようにしゃっくりをあげて泣き続けて。でもそんな私をオズバルド様はずっと変わらずに頭を撫で続けてくれて。
「落ち着いたか?」
「……はい」
鼻声だし掠れていて恥ずかしいことこの上ないけれど、オズバルド様はそんな私に構うことなくそっと私を抱き上げた。
「お、おずばるどさま⁉︎」
さすがに抱き上げられて動揺する私の声にも構うことなくゆっくりと大切そうに膝の上に下ろされて更に動揺する私。
き、距離が近いんだけど!
いえ、ゼロ距離というやつ?
なんで私、オズバルド様の膝の上に乗せられているの?
子ども? 子ども扱い?
「ネスティーは我慢し過ぎだから私は甘やかすと決めた」
「ふぁ⁉︎」
驚き過ぎて変な声が出てしまう。
そんな私にちっとも動じないオズバルド様。
「ネスティーを甘やかすのは、義兄殿でもアズでもなく、婚約者である私の特権だから」
と、とっけん? あ、特権? え、そんなものが特権になるの? というか婚約者特権ってなに?
……いえ、それよりも。
「わ、わたしとのこんやくはなくなるのでは?」
動揺しっぱなしの私はなんだか片言になってオズバルド様に問いかけてしまう。
「ネスティーとの婚約が無くなる? なぜ?」
「な、なぜって、お、王命、ですよね?」
「うん。元々は。でも王命による婚約条件は終わったけれど、別に婚約を解消する理由なんて何もないから継続するよね?」
「いえ、だから、その、オズバルド様にもロイスデン公爵家にも利益なんて何もない婚約ですよね」
なんだかオズバルド様と私の婚約に関する認識に齟齬があるような気がしてならないのは気のせいでしょうか。
お読みいただきまして、ありがとうございました。




