6-3 間話・唯一が見つかったロイスデンは〜オズバルド視点
「分かり……ました」
「随分と嫌そうな」
私が嫌々承諾すれば、呆れたようにガスティール殿が突っ込んでくる。
そりゃ唯一が見つかったのに結婚を先延ばしにされるのだから当然だと思う。
貴族の婚姻は男は大体十六・七歳からが適齢期で女は十四・五歳からが適齢期にあたる。未成人でも問題無いがまぁネスティーの身内に嫌われるよりはマシかもしれない。
どうせアズとヒルデはついて……くるんだろう。
「それから浮気は許しませんが」
「唯一がいるのに有り得ない」
「分かりました。最後に、私とネスティーが会いたい時には結婚してからも会わせて下さいね」
「それは……私が居るのなら」
私が立ち会うのであれば兄と妹を会わせることは構わないが使用人が居ても二人きりはダメだ。
「どれだけ狭量なんだ……。アズはネスティーに付けますがヒルデは私についてもらいます。私も平民とはいえ元々貴族の子息育ちなので色々教えてもらいたいと思いますから。ある程度教えてもらった後はヒルデの意見に任せますので、アズと共に仕えたいと言ったら了承してくださいね」
「分かりました……」
そうだよな。確かに身の回りの世話をしてもらう者はいた方がいいよな。……ネスティーは色々出来そうだけど私が怪しいからな。
寧ろ結婚するまでに色々教えてもらっておくべきか。これも唯一と一緒に暮らすためだ。早速ヘルムに頼むとしよう。
そうしてガスティール殿との話し合いが終わり、ヘルムに明日の出立は無しと他の護衛や侍女達に告げるように命じて、アズとヒルデ用の部屋を別に宿に頼んで用意させてから二人を下がらせ、私はよく眠っているネスティーの隣で一晩を明かした。
眠らずともネスティーの寝顔を見ているだけで心が落ち着く。不意に魘されているかのような苦悶の表情を見ると起こしてやった方がいいのか、と思いそっと手をネスティーの肩に触れてみれば穏やかな顔つきに変わった。
それならば、と頬を撫でてみたり頭を撫でてみたりすればとても穏やかに眠り続けている。その顔に安心して手を握ってみた。特に振り払われることもないようなのでそのままにしておく。
頬も手も肌触りが少々カサついているのは、長年虐げられてきた後遺症によるものか。髪の毛も艶々からは程遠くゴワついた感触。
母上のエスコートで触った手や幼い頃に触れた髪の毛の感触を思い出すと、ネスティーの肌や髪は貴族令嬢とは掛け離れているように思う。母上が元王女だったことを差し引いても、だ。
あの家から出てアズに毎日髪を綺麗に梳られ、当たり前のように食事を摂ることでだいぶ健康的な生活を送れるようになったとは思うけれどたった数ヶ月で何年にも及ぶ死に直結しそうな生活の名残が覆るわけじゃないことは、この肌や髪の様子でも分かる。
思えば、ネスティーと初めて会った時から思っていた。美味しい物を食べさせたい。甘いものが好きならお腹いっぱい与えたい。似合う似合わない以前のとんでもないドレスなどではなく、ネスティーに似合う流行のドレスを新調したい。髪飾りを贈って着飾る姿が見たい。
……今思えば、最初からネスティーを唯一だと心が理解していたのだろう。つまり無意識というやつだ。それに気付くのが遅かっただけ、ということ。自分の鈍さは父上と母上から呆れられる程だが、今の自分もそう思う。呆れられて当たり前だ、と。
そんな反省をしながら夜を徹して日がそこそこに昇りきったところで、ネスティーがゆっくりと目を開けた。
パチリと瞬きを繰り返しながら窓を見てから徐々にこちらを向いて、私を視界に入れた時の驚いた顔と……彼女の目に自分しか映っていないことが、この上なく幸福に思ってしまった。
やっぱり君は、私の唯一だよ、ネスティー。
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