5-3 間話・お嬢様は逃げられない〜アズ視点
「随分と雰囲気が変わられましたね」
つい私はそんなことを口にしてしまった。
オズバルド様はパチリと一度瞬きをすると首を傾げてから、ああ……と溜め息のように言葉を落として頷く。
「言われて気づいた。そうか。口調も変わったな。コレも唯一が見つかったロイスデンの人間の特性だよ。話し方が変わるとか雰囲気が変わるとか優しかったり穏やかだったりした性格が常に冷酷な性格になるとか。全て唯一の相手に合わせた自分に無意識に変化するらしい。アズは父上に会っていてどう思う?」
変わることも唯一に会った証拠?
……え、と、公爵様のこと……。
「当たり障りなく常に笑顔でけれどここぞという時には冷徹さを見せる公爵家当主に相応しい方か、と思いますが」
私が率直に言えばオズバルド様は少しだけ笑ってから告げる。
「私も信じられないのだけどね。母上に出会う前までの父上は引っ込み思案で臆病者で公爵家当主の責など重荷になってしまいそうな方だったそうだ」
「……は?」
さすがにそんな思いもよらない正反対の話を聞かされて首を捻った。何も面白く無い冗談。
「嘘でも冗談でもないよ。父上が子どもの頃から仕えてくれている家令から聞いた話だ。子どもの頃から母上に出会う直前までそのような父上だった、と聞いている。信じられないけれどね。でも叔父上や叔母上も頷いていたし、父上を跡取りから外せ、と親戚から口を出されたこともあると聞くから本当のことなのだろうね」
裏付けをしようと思えば簡単に出来そうな話をわざわざ私に言う必要はない。嘘や冗談を言い出す意味も分からない。そして雰囲気の変わったオズバルド様は血筋だと示すこととして公爵様のことを口にした。……ということは、真実ということ。
つまり、ロイスデン家の人は唯一に出会うと唯一の相手に合わせて変わる、という特性が真実ということの証左になる。不思議なこととは思うけれど、お嬢様だって大概不思議なお方なのだから、そういうもの、と思うことにする。
「オズバルド様が変わられたのはお嬢様に合わせてということでしたが」
「無意識だから自分でも気付いてなかったが。おそらく私が変わったのは、誰にでも同じ態度を取るということをしない。……つまりネスティーが特別な存在であることをネスティーに信じさせるような態度をこれから取るだろう。ネスティーとそれ以外の人間に対する態度が変わるということだ」
「……それは、確かにお嬢様に合わせてますね」
驚いたが納得する。
お嬢様は生家である伯爵家で、それも実の父親を含めた殆どの者から“特別”扱いをされていた。ーーもちろん悪い意味で。
普段は居ない者として扱うくせに気に入らないことがあるとお嬢様を責め立て暴力を振い暴言を吐く身内とそれに便乗する使用人。
お嬢様以外の者にはそのような振る舞いをしないあの伯爵家は、悪い意味でお嬢様を“特別”扱いしていた。
それをご存知のオズバルド様は、だからこそ、無意識に良い意味でお嬢様を“特別”扱いするのだと宣言された。
それはつまり、お嬢様を最優先、最優遇するということの意味を持つのだと思う。
……そんな、本来なら貴族令嬢として当たり前のように慈しまれて育てられるはずだった所謂お姫様扱いは、お嬢様は殆どされたことがないので、戸惑って狼狽える姿が目に浮かぶよう。
だけど、それが当然のことなのだ、と思うくらいにオズバルド様がお嬢様を大切に扱ってくれるというのであれば。
ーーああ、やっぱりお嬢様は逃げられないだろうな、と納得してしまった。
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