5-2 間話・お嬢様は逃げられない〜アズ視点
ロイスデン公爵家。
我が国にいくつかある公爵家の中でも唯一下位貴族や平民に対しても高位貴族や王族と変わらぬ姿勢を貫く。
何一つ変わらない姿勢。
どの身分に対してもどんな仕事についていても相手が人ならば誰に対しても同じように公平な態度で接する唯一の貴族と言われている。
故にロイスデン公爵家は“慈愛の一族”とか“優しい貴族”とかそのような二つ名がいくつか通っているが、その二つ名が通る裏には、とある理由が。
それが唯一の存在探し。
……お嬢様はオーデ侯爵家の血を引いていることによる過去や未来を垣間見る存在。オーデ侯爵家の女性はそういう者が現れると高位貴族程知られているように、ロイスデン公爵家の血を引く者は唯一を探すことが使命のような生き方をするとよく噂されていた。
唯一を探す。
文字通り唯一人の伴侶ということ。
ロイスデン公爵家は二つ名通りに慈愛深く優しいと一見すると誰もが思う。
王族だろうと平民だろうと平等に接するのは唯一人の伴侶に出会うためだから。例えば唯一の存在が王族だった場合。王族に嫁ぐ或いは降嫁してもらうために公爵位がある。高位貴族も下位貴族も公爵位に文句は出ない。
尤も下位貴族が相手の場合は相手側に来てもらうのではなくロイスデン公爵家の者が嫁入りか婿入りする。
それは平民が相手でも同じ。
子爵・男爵・平民の子息子女が公爵家に嫁ぐ或いは婿入りするのは、相手を狂わせるからというのが理由だと遠い昔、お茶会で当たり前のように噂されていた。その真意は分からないし噂が事実かどうかも分からないけれど。
ロイスデン公爵家の唯一探しは実しやかに囁かれていた。
「唯一探しは真実なのですか」
畏怖の念を抱きながらもお嬢様の専属侍女として仕えてきた身としては尋ねないわけにはいかない。
「真実ではあるけれど少し違う」
「違う?」
「そうだな。ガスティール殿にも聞いて欲しい。私の唯一がネスティーだと分かったからには、知っていてもらいたいことだから」
オズバルド様はいつもの温かみのある目をしながら私と母とガスティール様をソファーに座らせた。貴族向けの宿を展開しているだけに寝室と居住室が別だから簡易とはいえそれなりに質の良いテーブルとソファーがある。そのソファーに私と母。反対側にガスティール様とオズバルド様が座った。
いつの間にか戻って来たヘルムにお嬢様の様子を見に行き、そのまま護衛をするように命じて。
オズバルド様は口を開いた。
「私も両親を見ていて不思議に思ったことがあったよ。いつも一緒だし、父は母のやりたいようにやらせているように見せて絶対ダメなことはやらせないし。兄上達から、いつかそういう相手が出来れば分かること、と教えられて、そんなものか。なんて思っていたけれど。私にとっての相手はネスティーだった。こればかりは一目で分かることもあれば、突然理解することもある。だから確かに唯一を探すのはロイスデン公爵家の者の使命というか宿命みたいなものだけど。探しているというより、現れるのを確信していると言う方が正しい」
「探すのではなく現れるのを確信……」
「オーデ侯爵家の血を引く女性が不思議な力を持つように、ロイスデン公爵家の血を引く者は男女問わず、必ず唯一が現れる。故に兄上達は婚約者を作らない。父上も母上に会うまでは婚約者が居なかったと聞く。仮にでも結ぶことは貴族の柵があるから婚約しないことが当たり前なんだ。そして必ず自分に見合う相手と巡り合う。跡取りのアル兄上ならばその相手に相応しい女性が必ず。私の相手がネスティーのように」
併しお嬢様は。
「王命による婚約で……」
「ああ、そういうのは関係ない。王家も我が家の特性が分かっているから王命とはいえ大々的に婚約発表されていない。仮のものだから。そうじゃない。私がネスティーを唯一と理解した。それだけのことなんだよ」
オズバルド様がお嬢様を唯一と理解した。それだけのこと。……本当にそれだけのこと、なのだろうか。絶対お嬢様のことだから王命の婚約者に対して優しいのね、とか思っているだけだと思うのに。
それにしても。
お嬢様を唯一だ、と仰るこの方は、なんだか随分と雰囲気が変わられた。その一端は話し方からも垣間見える。
お読みいただきまして、ありがとうございました。