8-2 間話・帰還した妹の未来〜ガスティール視点〜
領地のことや領民のことは祖父に叩き込まれたからよく覚えた。今は領地は爵位を返上……したかったが褫爵により国に取り上げられた形となっているけれど。それで良かったと思えるくらい領民は暮らしやすくなっているらしい。
私が……俺が守るはずだったあの領地と領民達。せめて幸せでいてくれるよう願うしかない。国から領主の代わりに領地を治める代官が派遣され、税が安く……というか元の適正な金額に落ち着いているとロイスデン公爵様が教え下さった。それが一番安堵したことだった。
平凡で取り柄もなくあの父程無能ではないとは思うが、領地を富ませて領民に楽をさせてやれるだけの甲斐性はない。それが俺という人間。
今回の件でつくづくそのことを思い知った。
俺に治められていたのでは領地も領民も可哀想なことになっていたと思う。……二代続けて無能が領主では。冷静さも非情に徹する気概も無いそんな平凡な俺を思い知ったネスが攫われた件。こんな兄が側に居ても何もしてやれることなんてない。
ネスは……ネスティーは、母上の実家であるオーデ侯爵家を継ぐのだろうか。
あの家を継ぐ資格というものをロイスデン公爵様から伺って成る程、と納得する。その身に流れる血が濃く現れたのかネスは力が強く出た。血が薄くなったのか最近ではこんなに強い力を持っている女性は知らない、とロイスデン公爵様も仰っていたし、オーデ侯爵本人も言っているようだ。オーデ侯爵、つまり伯母上にお会いしたことはない。
ロイスデン公爵様が仰るには明るくハッキリと物を言うとのことなので、母上とは性格が反対のようだ。姿は俺に似ているとのことなので母上ともよく似ているのだろう。
ネスは残念ながらあの父……とも呼びたくないが父にそっくりな外見だが、実父に義母と異母妹や使用人達から虐められ粗略に扱われていても耐え忍んだ精神力から考えるに、内面的なものはオーデ侯爵家……母上によく似たのかもしれない。
母上だって、あの父が浮気して愛人囲って子どもまで作っていることには薄々気付いていたはずなのに黙って耐え忍んで……病も我慢して亡くなってしまったのだから。その我慢強さというか忍耐力は、ネスにも受け継がれたのだと思う。
もしも、そんな内面がオーデ侯爵という立場に必要なら、きっとネスはオーデ侯爵として立てる子なのだろう。……その時、私は……俺は、ネスティーの側に居ることが許されるのだろうか。
そんな様々な葛藤が胸の内で起こりながら、無事に帰ってきたネスを労る。安心したように笑い、目を潤ませたアズとの再会を喜ぶ妹を見ながら。
意を決して尋ねてみた。
「ネス。事情は聞いた。君は……オーデ侯爵の爵位を受け継ぐの?」
……ああ、こんな時でさえ、兄面をして尋ねてしまう俺は、やっぱりどこまでいっても平凡で、ネスの前ではカッコつけて良い兄で居たいと思ってしまう、情けない男だなぁなんて他人事のように考えて自嘲しながら、妹の未来について尋ねた。
爵位を継ぐ決心をつけていたとしたら、妹にどんな言葉をかけてどんな気持ちで受け入れるといいのだろう。
「いえ、オーデ侯爵にはなりません。だからあの家は伯母様が最後の当主で、伯母様も当初の予定通りに爵位を返上するそうです」
妹は、笑顔を浮かべてきっぱりと爵位を継がないのだと、断ったのだと、断言した。
……元々伯母上は爵位を返上する気だったとか。でもネスという存在が周囲に知られた以上、オーデ侯爵の座を欲するのか、確認する必要があったらしい。攫うつもりは無かったけれど、ロイスデン公爵様の思惑もあって、私は攫われたようです、と困ったように笑うたった一人の家族に、ああそうか、と不意に気付いた。
……俺はただ、この笑顔を守ればいいのだ、と。
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