6-2 間話・聞かねばならないこと。〜アズ視点
クズがお嬢様を前伯爵様の所に出さないのは、支援目的のため。名目上は「お嬢様への教育資金援助」だからだとクリスさんが言う。実際にはお嬢様に使用されるお金など無いのに。金貨1枚どころか銅貨1枚すら惜しむのだからクズだ。
それでも名目上がソレだから。
クズの建前だと分かっていても無理やりお嬢様を引き取ることも出来なければ、クズがお嬢様を前伯爵様の所に出さない以上、支援するしか無い。クズはそれが目当て。
前伯爵様も余程のことが無い限り、様子見でしか無いのだ、と。今のこの状態を余程のこと、と言わないなら何を余程のこと、と言うのか疑問が浮かぶけれど。前伯爵様のお考えは私には分からない。クリスさんが「前伯爵様はお嬢様を引き取りたいはず」と言うけど。どこまで本当なのか分からない。クリスさんが言うから、信じておくだけ。
取り敢えずそちらは放っておくとして。
「お嬢様」
「なぁに?」
いつものお嬢様のようだけど、でも何となく違う。何となく、としか言えないけれど。なんて言うか……“今まで”のお嬢様を装っている“今”のお嬢様、というか。自分でも自分の考えが分からない。ただ。宰相補佐から聞いたお嬢様の母君……奥様の実家の性質を思い出すと、私の感覚は間違えていないと思っている。
それを尋ねるよりも前に。
「お嬢様、もしも前伯爵様が兄君と一緒にお嬢様を引き取りたいと仰られたら……前伯爵様の元に行かれますか」
今までのお嬢様には決して尋ねようとはしなかった。でも私の感覚を信じるのなら、今のお嬢様には尋ねても大丈夫ではないか、という確信がある。だから切り込んでみた。
目は覚ましてもまだ起き上がることが出来ないお嬢様は、窮屈なベッドの上、手足をベッドからはみ出したままの姿で目をパチパチとさせてから不思議そうに首を傾げた。
「アズにしては珍しいね? よく分からない質問をするなんて」
ああ。
やはり私の感覚は間違っていなかった。
今までのお嬢様だったなら、どれだけ私の質問が答えてもどうにもならない、謂わば空想上の答えになったとしても、疑問にも思わないで思ったことを答えてくれた。
素直に。無知に。無垢に。
「そうでしょうか」
「そうだよ。でも、その答えは行かない」
やっぱり今までのお嬢様とは違う。
お嬢様でありながら違う人であるこの人は、拒否をした。今までのお嬢様だったなら素直に無邪気に「行く」と答えただろうから。
「兄君もいらっしゃるのに?」
「お兄様はラテンタール伯爵家の跡取り。その勉強のためにお祖父様の元に行っている。お兄様はお母様が生きていらした頃、とても優しかった。だから今も、私がお祖父様の元に行けばきっと優しくしてくれるはず。でもお祖父様がどこまで私を大切にするのか分からない。もしお祖父様にも見捨てられたら私は人を信じられなくなりそうだもの。それよりは今まで通りならお兄様を大切にしてくれているから大丈夫、と思えるから」
ああ、やはりお嬢様なのに違う。
今までのお嬢様は現状を諦めていて受け入れるだけだった。だから現状が変わったとしても期待も後悔も何も思わないで受け入れるだけだったはず。
こんな風に前伯爵様のお考えなどに想いを馳せることなく、この伯爵家から出ることになってもならなくても、それはそれで、と諦めるだけだったはずだから。
「そう、ですか。ではもう一つお尋ねします」
「なに?」
「お嬢様、あなたはネスティー様であってネスティー様ではない。あなたは一体、誰ですか」
口調も声音も変えないで尋ねたけれど、お嬢様は目を丸くして何かを考えるように口を何度か開閉しーー軈て諦めたような表情を浮かべて。
こう言ってはなんだけど。
その表情で、ああお嬢様なんだな、と嬉しくなった。
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次話はネスティー視点に戻ります。