6-5 間話・婚約者が攫われた裏側〜オズバルド視点〜
「とはいえ、私が判断したからと言ってオーデ侯爵が受け入れるかどうかは、分からない。まぁ此方としても引き下がる気はないし、オーデ侯爵といえども、ロイスデン公爵家と事を構える気はないだろうから、折れてくれるとは思うが」
父上は私を切り捨てるつもりだった、とあっさり告げながら続ける。
父上のそのなんでもなさそうな話し方に、背筋がまた冷える。
父上はおそらく私とネスティー嬢を天秤にかけることもなくネスティー嬢を取っている。実の息子だから……という事ではなく、ネスティー嬢が自力で道を切り拓こうとしたその心意気や何としても生きて行こうと前を向こうとする姿が、父上や母上の気に入ったのだろう。
思えばネスティー嬢は最初から父上と母上に気に入られていた。
多分、最初はここまで気に入ることもなかったとは思う。ロイスデン公爵家の名前を利用する、ということも考えず、父上や母上に媚びることもせず、父上や私に言い寄ることもなく、権力も富も見向きしない、そんなネスティー嬢を気に入ったのは確かだろうけれど。
それでも私を切り捨てるような気持ちにはならなかった、と思う。……多分だが。
いつの頃から私を天秤にかけることもなくネスティー嬢を選ぶことにしたのか、それは分からないけれど、そのことに私は一切気づいていなかった。気づかないまま、今回の件でも私が何も変わらなかったら、父上と母上は私を切り捨てていた。
全く変わらない態度の父上だからこそ、その本気さが手に取るように理解出来た。
私は……本当にギリギリの所に立っていたのだ、と気を引き締める。今後も気を抜いたら危ないような気がするから。
「ロイスデン公爵様、もし、オーデ侯爵様が折れてくれなかった場合、ネスは……」
ガスティール殿が唇を舐めてから切り出す。緊張で口の中まで渇いているのかもしれない。
「次期オーデ侯爵という立場になるだろうけれど。ネスティーは……私と妻が気に入っている娘だし、宰相もその存在を認知している。オーデ侯爵は王家と事を構えたいとは思っていないから、引き下がってくれるとは思う。ガスティール殿も亡き母君から詳しく聞いていないだろうが、オーデ侯爵家はその血を利用されることを忌避しているが故に、目立つことを嫌う。王家と国を大切にする我等臣下達と争ってまでネスティーを引き取ろうとはしないとは思うよ。元々ネスティーを引き取りたい理由だって、その血に流れて現れた力を持つあの子を守るためだからね」
次期オーデ侯爵という名目は後付けのようなもので本気で考えているわけでもないようだし。
そう言って父上が肩を竦める。
「ですが、それだとオーデ侯爵家は無くなるのではないのですか」
私の確認に父上は頷く。
「オーデ侯爵自らが言っていたが。初代当主から十代目辺りの間はある程度血の近い者同士での婚姻が多かったようだ。従兄弟や再従兄弟ということだね。だが時代が下るに連れて他家に嫁いだり他家から婿を取ったりして血が薄れていき……近年ではその血を引いても力が発現しない女性が多かったようだよ。力を持つ女性が現れても一度だけ、とか、自身の人生の転機に関して、だとか。だから自分が最後のオーデ侯爵になる予定だ、と言っていた。家としての存続はしないで王家に爵位を返上し、力を持った女性が現れたら家として補助をするのではなく、自分の身は自分で守るような方向で手助けをする立場になる予定だった、と」
それはつまり。
ネスティー嬢が大勢の前でやらかさなければ、現在のオーデ侯爵の代で終わっていた、ということ、だろうか……。
お読み頂きまして、ありがとうございました。