1-2 此処は何処でしょうね。
暗いから私が目を開けたことを誰かは気づいていない。……人の気配は分かる。
誰か近くに居る。
再び目を閉じて身体に力を入れないように意識する。多分、身体に力が入ってしまうと起きたことに気付かれてしまう気がする。
あれだ、子どもが寝たフリをしていても瞼が痙攣していたり口元がニヤけていたり身体が小刻みに動いていたりしてバレるのと同じ。
だから再び目を閉じる。また寝てしまっても構わない、と決めて。
私の身体がベッドに無い時点で身体が動かされていることは確かで、揺れていることを踏まえれば多分馬車に乗せられている。
だったら何処かに到着しない限りは動かない方がいいし、動かされることもない。それなら体力温存のために再び寝る方がいい、と判断する。
「よく、寝ているな」
聞こえてきた声は若い男の声。聞いたことがないから、やっぱり攫われたと判断するべきか。
おかしいなぁ。ロイスデン公爵家から借りている護衛さんを出し抜いて、どうやって私を連れ出したんだろう。
……まぁいっか。眠い頭で考えても働くわけがないし。寝てしまおう。声もこれ以降は聞こえて来なかったし。
再び眠りの淵に引き摺られる寸前。
「全然顔立ちも色味も似てないけど、でもウチの家系の血を引いているって不思議だなぁ」
若い男の声が独り言で呟いた。
ーーそういうことか。
正体は何となく分かったけれど眠いものは眠い。折角誘われたので夢の世界へ旅立った。
ーー夢ではお母様が出て来た。
私の記憶にあるお母様よりもとても若いお母様。今の私よりは年上だとは思う。多分十五歳から十八歳くらいの間かな。という事は、あの元伯爵と結婚前だね。
凄く明るく笑うお母様。
私の記憶のお母様もよく笑っていたけれど、こんな向日葵のような明るさじゃなくて儚さのある優しい笑顔だった。
こんなに明るく笑える人だったなんて知らなかったし、その笑顔を私は見た事が無いという事は、こんなに明るく笑える状況ではなかった、ということだと思う。
あの元伯爵の所為か。
元伯爵が母からこんな明るい笑顔を奪ったのか。
だって、私は見たことがない。
明るい笑顔を浮かべられるような結婚生活を送れなかったのなら、あの元伯爵が私を虐げていた所為ではないか、と私は思う。
出産は命懸け。
命を懸けて産んだというのに、私のことを大事にしなかった元伯爵。我が子を虐げる夫の姿を見ていてこんな風に明るく笑えるわけがない。
……それとも、私を産んだことで身体が弱ってしまったことで明るく笑えなくなったのだろうか。
もし、そうだとしたのなら、お母様から明るい笑顔を奪ったのは私、ということになる。
……あれ。
お母様の隣で同じように笑っている男の人は誰だろう。随分とお母様と親しそう。
お母様の兄弟?
お母様の父親……お祖父様という事は無さそう。若過ぎるから。
取り敢えず、お母様と同じような笑顔を浮かべてお母様の隣に立つ男性が、何処からどう見ても元伯爵ではないことだけは、確かだ。
全く嬉しくないけれど、伯爵の髪も目も私と同じ色をしているから。お母様の隣に立つ男性は、私と同じ色彩ではないから。お母様と同じ色彩の髪を見るにお母様の兄弟だろう。
お母様のこの笑顔が死ぬ間際はなかった、と知ったなら。この男性は誰かを恨むだろうか。
例えば、伯爵。
例えば、お兄様。
例えば、ーー私。
或いは全員?
私を攫った……この状況から考え得るに攫われたわけでしょう……この男性は、ウチの家系と言ったからやっぱりお母様の身内、という事になりそうですかね。
夢の中なのに、やけに思考が冴えて私はそんなことを考えていました。
お読み頂きまして、ありがとうございました。




