5-3 間話・アズの忠心
宰相補佐様に報告するのは確定だけど今は、お嬢様に無体を働いている小娘と愚か者共を何とかしなくては。小娘の侍女から話を聞いたクズと後妻も直ぐにやって来るだろうから。
中に入ろうとした私に気付いたようにお嬢様が安心したような表情を見せる。その表情が見られただけで私も嬉しい。
だけど。
背後からの苛立たしげな声が聞こえて。走ることはさすがにしないようだが、相当な早歩きなのだろう、クズと後妻が現れた。慌てて中に入ろうとする私を押し退けクズと後妻が中に入り……クズは見るなりお嬢様を叱りつけた。
不細工のくせに、と。
お嬢様もクズの娘だと言うのに自分の娘は小娘だけだとでも言いたそうな口振り。腹立たしい。
そして抵抗しているのに男二人に押さえつけられて動けないお嬢様の胸に足を乗せて力をかけたり顔を蹴飛ばしたり。認めたくないがお前の娘だろう、と出来るならば怒鳴りつけてやりたい。おまけに後妻までピンヒールで手を踏み付けている。そこでお嬢様の意識が途絶えたのを見て、私は心の何処かがプツリと切れた音が自身の中から聞こえてきた。
「旦那様! 奥様! お嬢様は公爵子息の婚約者です! 何かあれば調査されます!」
「はっ。調査などされるものか! この伯爵家は私が当主だ!」
クズが私の言葉を聞いても不敵に笑う。
私は覚悟を決めた。
何がなんでもお嬢様をお守りする、と。
誰を巻き込もうと誰を道連れにしようと。
「調査、されますよ。ラテンタール伯爵、後妻、小娘。あなた方、お嬢様が誰の命を受けて婚約が調ったのか忘れたんですか」
静かに、でも怒りを込めて、他人行儀にクズを呼び、奥様と呼んであげていた後妻とお嬢様と呼んであげていた小娘のことも「後妻」と「小娘」と呼んでやる。
「なっ! 貴様、使用人の分際でっ! 妻と娘を!」
「私が、誰から紹介された使用人なのかお忘れですか? 言っておきますが、私に暴力を振るうことも追い出すことも直ぐに筒抜けになりますよ」
私が宰相補佐様からの紹介だ、ということを思い出したクズがグッと言葉を詰まらせた後で、筒抜けになる、と追い討ちをかける。
「な、なんだと⁉︎」
「愚か者でも伯爵家の当主が務まることが不思議ですね。まぁお嬢様の母君の奥様が生きていらした頃はまだマシでしたものね」
「な、な、なっ」
あら。言いたい放題言われて言葉が出てこなくなってしまったのでしょうかね。器の小さい男ですね。
「ちょっと! 使用人の分際で生意気なっ! 宰相補佐だかなんだか知らないけどね! 私は伯爵夫人なのよっ! あんたより立場が上なのっ! 宰相補佐なんかどうでもいいのよ!」
夫が言えないから、と代わりに言うのは構いませんが、さすが元平民。貴族の身分差を真に理解していなかったのですね。
「ラテンタール伯爵、後妻の言葉は不敬ですね。あと、小娘も国王陛下に対して不敬な発言をしていました。伯爵家の中だから……なんて甘いことは仰らないでしょうね? 小娘のために揃えた一流の家庭教師達。彼らの教育を受けても不敬な発言が出来るのは、元平民だから、なのですかね。言っておきますが、一流の家庭教師達は誇りを持っていますから、もし彼等に小娘の不敬発言の罪を擦りつけたら、抗議は必須でしょう。何しろ、彼等の教え子達の中には公爵家・侯爵家の子息・令嬢もいらっしゃるから。彼等の不名誉は彼等を雇った高位貴族方の不名誉にもなりかねません。何人もの高位貴族方が調査をしようとラテンタール伯爵家に人を寄越すでしょうね。そうなれば当然王家の耳にも入るでしょう。王家の調査は誰であろうと断れない」
私の説明に、クズが顔を蒼白にしていく。
でも、後妻も小娘も理解していないのか、調査されても困る事はない、という顔。
調査される対象に選ばれている時点で、ラテンタール伯爵家は王家や他の貴族家から良く思われていない、ということなのに。それすら理解出来ないなんて、後妻も小娘も貴族教育が疎かになっている証ですよね。
「な、何もなかった。いいな! 不細工なこいつも何にもなかった! 分かったな!」
クズは、後妻と小娘と侍従二人と侍女を従えて、何もなかったことにした。何もないわけではないけれど、まぁいい。自分の立場を思い出して少しおとなしくしていればいい。
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