10 間話・婚約者からの初めてのお願い〜オズバルド視点〜
一話にまとめたのでやや長めです。
ーー私とネスティー嬢は中々会わない。
いや、会わないのは語弊がある。毎日食事を共に摂っているから、朝か夜には必ず会う。昼は一緒に摂れる時もあれば摂れない時もあるが。
だから会うには会う。
ただ、婚約者らしい交流は無い。
兄達は婚約者が居ないけれど、その友人や自分の友人から話を聞くに、婚約者とお茶を飲んだり散策に出かけたり観劇に出かけたりガーデンパーティーに参加したり贈り物をしてもらったり贈ったり共に買い物に出かけたり……というのが婚約者らしい交流、らしい。
ちょっと前に一応この侯爵領の街中に散策には出かけたことはあったが、あれは婚約者としての交流として考えて良かったのか、疑問を呈する。
そして馬車の事故が起きるかもしれない、と悪夢を見たネスティー嬢。それは具体的だったことからおそらく過去若しくは近い未来だと考えて動いていて……。
ネスティー嬢が久しぶりに兄君と再会したその日こそ、馬車事故の日だということで、別行動を取っていた私は駆けつけるのが遅くなった。
私が駆けつけた時には、事故は起きた後。
幸い怪我人も出なかったが、ネスティー嬢が無意識に未来に起きる出来事を口走ってしまったようで、周囲を騒然させ、そしてバケモノ、と罵られていた。
怒りで目が眩む、とはこういうことを言うのか。そんな思いが一瞬頭に過った程にその暴言は許せなくて。だけど身を竦ませるネスティー嬢の方が先だ、と思い直した。
事故の後処理をヘルムに押し付けて私はネスティー嬢の元に行きたかったのに、ヘルムから阻まれてそれが叶わず。迅速に後処理を終えて屋敷に帰ってネスティー嬢を慰めるネスティー嬢の兄君・ガスティール殿がちょっと羨ましかった。
とはいえ、私もネスティー嬢を何とか励ましてネスティー嬢も落ち着いたように見えて安心する。
併し先触れが届きこの侯爵領を治める宰相様の代理である宰相子息様が訪れるということに、ネスティー嬢は再び落ち着かなくなった。
そして……
宰相子息様からの三日間の猶予期間を経ての、追放宣告。
どこか諦めた表情を浮かべたネスティー嬢。
まだ十二歳。
でもこんな表情が馴染んでしまっているのは、その生まれ育った家の環境の所為と考えると、胸が痛む。
ネスティー嬢は生まれ育った家を出てこの屋敷に来た頃、とても嬉しそうだった。それからの日々も私が知る限り、楽しそうだった。
屋敷に父上が庭師に頼んで植えた花を見るだけでも楽しそうで。こんな細やかなことに楽しみを見出す程、過酷な環境で育ったのだ、と理解する。
だから、私はその楽しみを守るつもりだったのに。
侯爵領追放を宣告されたネスティー嬢。
仕方なさそうにロイスデン公爵家から来ていた使用人達にこの屋敷を出ることを告げて、荷物をまとめるように、と命じていた。この屋敷そのものは父上が買ったものだから、必要最低限の物さえまとめてあれば、インテリアなどそのままに誰かに売ることも出来るだろう。だから屋敷そのものの行く末は気にしなくていい。
問題は。
ネスティー嬢は何処に行くのか、ということ。
それを私が踏み込んで尋ねていいのか迷う。
婚約者ではあるけれど、元々結ばれた婚約の条件は疾うに満たした。解消するのは簡単だ。
というよりネスティー嬢はいつ婚約を解消するのか、時折確認して来る程だから、きっとこの婚約に未練は無い。未練があるのは、私の方だ。
だから。
やっと落ち着けるはずだったこの侯爵領から出て行って、その後の行き先はどうするのか、踏み込んで尋ねることを躊躇していた。
だけど。
私のそんな葛藤なんて知らずに、ネスティー嬢は私に願って来た。
ーーロイスデン公爵領に住まわせて欲しい、と。
初めてされた婚約者のお願い。
それが、こんな願いだなんて。
胸が熱くなる。
彼女はその意味を分かっているのだろうか。
父上と母上は君を手放さないかもしれないよ、と遠回しに結婚を仄めかす。
彼女はそれはそれで仕方ないような感覚らしい。
……じゃあ、私は諦めなくていいかな。婚約を解消しない方向に策を弄しても。だって彼女はどこか、そうなったら仕方ないって思っているみたいだから。
私の気持ちが恋だとか。彼女の気持ちが友情だとか。そんなことは知らないし分からない。
でも、私が、ネスティー嬢を守ると決めた。そしてネスティー嬢は、心のどこかでロイスデン公爵家から抜け出せなくても仕方ないかな、と考えている。
ーーだったら、婚約は解消しない。
そう決めて、ロイスデン公爵領にて受け入れることを了承した。
定期連絡でこの侯爵領の近くに来る父上に頼んでおこう。きっと了承を得られるはず。その後直ぐに帰ってくれば、三日間の猶予内に侯爵領を出ることになる。そのままロイスデン公爵領に出立することになるだろう。
ロイスデン公爵領に着いてしまえば、身の安全は保障出来る。そうなれば婚約者らしい交流もゆっくりとしていくことが出来る。
私自身もロイスデン公爵家としても、ネスティー嬢との婚約を解消する気が無いことを知ったら、どうするのかな、とは思うけど。まぁその時に考えよう。
彼女は、どうも政略結婚としての旨みがロイスデン公爵家に無いから婚約を続ける意味は無いって思っているフシがあるけど。
我がロイスデン公爵家に政略結婚の旨みなんて殆ど無い。王位は望んでないから王妃になりたい、なんて望みを抱いているなら私との婚約は無意味だろうけれど。
我が家は公爵家。
大概欲しいと思うものは手に入るし、出来ないことはあまりない。だから我が家にとっての政略結婚の旨みなんて、無いに等しい。それ故に、我がロイスデン家は男女問わず、代々恋愛結婚若しくは家族が気に入った相手と婚約することを推奨している。
兄二人も例外無いし、二人共恋愛は今のところ興味がないらしいから、家族が気に入った相手との婚約になるだろうけど、両親、特に母上が気に入る令嬢が中々居ない。
だから、実はネスティー嬢が両親に気に入られたことは驚きだし、二人は気に入った相手を逃す人達ではない。だからネスティー嬢は諦めてロイスデン公爵家の一員になってもらう未来しかない。
……自分からその選択をして来たのだから潔く家族になってもらおう。
「じゃあ明後日の朝には帰って来られるから、そうしたらロイスデン公爵領に出立しよう」
ネスティー嬢に、父上との定期連絡のために出かけるからその時に了承をもらう。もらったら出立しよう、と約束してネスティー嬢との話し合いは終わった。
翌日、ヘルムにネスティー嬢の護衛を託して。屋敷に居る護衛のうち二人を連れて父上か或いはどちらかの兄上が来ているだろう落ち合い場所に向かい、父上に許可をもらって直ぐに宰相様が持つ侯爵領に帰るべく馬の首を返して、途中休憩を挟み夜も野宿をしながら、予定通り次の日の朝。つまり三日目の早朝、屋敷に帰った。
まだ朝食の時間前だったから、朝食時に父上の了承をもらったことを伝えて、ロイスデン公爵領に出立しよう、とネスティー嬢に話す。
……つもりだった。
だから朝食前でネスティー嬢が起きる時刻のはずなのに、屋敷内が騒がしいことに首を傾げた。
ヘルムには私が護衛二人と共に定期連絡に出かけることは話してあったから、私が居ないことに騒がしくなることは無いのに。
「ネスが、行方不明ってどういうことだ!」
客間から慌てて現れただろうネスティー嬢の兄君・ガスティール殿の叫びに、私は驚いて息を呑んだーー。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
第五章【オズバルド成長編】まで暫くお待ち下さい。