8-1 力の怖さ
「あー、うん。お嬢が聞き流すならそれはそれでいいかなとは思ったが。そうだなぁ、ハッキリ言う。俺はお嬢が怖い」
ビクリと自分の意思とは関係なく身体が震える。
「あー、怖がらせるつもりはなかった。悪い。けど、そうだな。お嬢はきちんと分かっておく方がいいかもしれない」
きちんと分かっておく……?
「坊ちゃんって呼んでもいいかい?」
ヘルムがお兄様を見る。
「ガスティールだ」
「分かった。ガスティール様だな」
ヘルムは頷いてから改めてお兄様を見た。
「ガスティール様は力のこと、どれくらい知ってる? 知った時はどう思った?」
問われたお兄様は少し考えてから口を開いた。
「まだ母上が元気だった頃。母上から一度だけ教えてもらった。母上自身も一度だけ未来を見たことがあると言っていた。……尤も俺はその話を聞いた時は、願望じゃないのかな、と思ったものだが、今回のネスティーの件で願望ではなくそういうこともあるのか、と思えた。ただ、そう、確かに未来が見えることは怖い」
お兄様がポツリポツリと気持ちを話してくれる。
でも聞いているうちに理解した。
私だって過去が分かったり未来が分かったりすることは怖いし、他人がそんなことを言い出したらやっぱり怖いと思うから。
「ヘルムが言った怖い、というのは私が怖いというより、私に流れる血が怖い、ということ……?」
私の問いかけにヘルムが目を丸くした。
「なんだ、お嬢は、俺が怖いと思ったのは、お嬢そのものが怖いと思ったのか? あー、そうか。確かにそんな言い方になったな。お嬢が気づいた通り、俺が怖いのはその血が怖いってこと。その力、だな。お嬢も言っている意味が分かったんだな」
私の想像通りだったようでヘルムは屈託なく笑って頷いてくれた。
「確かに私も過去や未来が見える人、なんて怖いと思うし、遠巻きに見ちゃうかも」
コクリと頷けばヘルムはそれに、と続ける。
「例えば、だが。過去に俺が悪いことをしてしまったことが見えたら……? とか。未来に俺が人を傷つけるようなことを起こすと現れたら……とか。そう考えると余計に怖い」
……ヘルムの具体的な怖さに驚く。
だけど言っていることは理解した。
「もしかして……私が馬車の事故について口走ってしまったこと、勘のいい人ならそういう怖さにも、気づく?」
私の疑問にはアズが答えた。
「そうですね。だからこそ、お嬢様をあのような酷い言葉で侮辱し傷付けて遠ざけようとしたのでしょう」
バケモノ、と呼ばれたことの言葉の裏には、その人達の恐怖の表れが潜んでいた、ということか。私は言葉そのものに傷付いたけれど、あの言葉を口にした人達は、私の存在に怯えたということ。
自分達とは“違う”存在の私が自分達に何を仕掛けてくるのか分からない、という怯えもあった、のかもしれない。
だからといって私を傷つけることに正当化なんて無いのだけど。
ふと、思い出した。
集団心理、という言葉。
あれこそまさしくソレだったと思う。
集団心理で弱者を見つけて甚振るとか、集団心理で何をやっても許されるとか、最悪なのは。
ーー周りがやっているから自分もやった。自分は悪くない。自分を責めるなら周りも責めろ、という集団心理。
……昨日のアレはその典型的な形の一つ、だったと思う。
そして私が悪物にされた……。
偏った正義感。
だけどその引き鉄を引いたのは私自身で。
怖さとか警戒とか、結局は私自身が引いた引き鉄が自分に当たっただけのこと。
でも、ヘルムの気持ちが分かったことは、知らないことよりずっと良かったと思うし、あの宰相子息様が私を警戒していた気持ちも理解出来たことは良かったと思う事にしよう。
お読み頂きまして、ありがとうございました。




