5-2 間話・アズの忠心
お嬢様のいる離れの前にあの小娘の侍従二人と侍女一人が居る。壊れかかったドアを見て溜め息が漏れる。どうせあの小娘が侍従に壊してもいい、とでも言って勢いよく開けさせたのだろう。そんな勢いが無くても本邸と違う離れというか小屋は、ドアも然程頑丈ではないというのに。余計なことをしてくれる。壊れたわけではないからフォールさんにでも直してもらえるかしら。
兎に角今はお嬢様の身の安全が優先。
健気に暴言や暴力に耐えてしまうお嬢様。
私が庇うのも嫌なのだろう、私に来ないで、といつも首を振る。でも見ているだけなのは私が辛い。だから直ぐに怪我を治したいのに、クズ共がそれを阻止するかのように、いつまでもお嬢様を傷つけることをやめない。結局見ているだけしか出来ないけれど。でも、それでもお嬢様の側に居たい。
そう思って何とかあの小娘の侍従や侍女を下がらせてお嬢様の所に行こうとしたら。お嬢様があの小娘に反撃を始めた。手始めに髪を引っ張る手を振り払い、その拍子に倒れた小娘に言い返して。
今までのお嬢様とは全く違う。
こんなお嬢様は初めて見る。
でも。
ずっと望んできた。
こんな時を。
ーーお嬢様が反撃する機会がくることを。
だから今度は私が小娘の侍女の行き先を阻む事にした。どうせクズと後妻を呼びに行くのだろうから。私に「退きなさいよ」 と怒鳴る侍女に鼻で笑ってやったんだけど。どうにかして行こうとするから両手を広げて阻止したり、体当たりしてこようとしたからこちらも体当たりを返してみたりしたんだけど。
お嬢様が形勢逆転されて小娘の命を受けて侍従二人がお嬢様を拘束したことで油断して、侍女を逃してしまった。お嬢様、と呼びかける前にお嬢様が言う。
「誰の命を受けて誰と婚約したのか」
と。
ああ、そうよ。お嬢様はこの国の最高位の存在から命じられて貴族家の中で最高位の子息と婚約した。候補でもなく婚約したの。でも、侍従二人は理解してない。それどころか小娘も全く理解してない。愚かな!
この国の法では仮令クズの血を引いていても養女でしかない小娘が「ラテンタール伯爵令嬢」のわけがないのに。クズの割に小娘のことは愛しているのか、きちんとした家庭教師達が小娘に教育を施しているのに、小娘自身が理解していないことがこれで分かった。
お嬢様は私の知識や教養やマナーで精一杯教えていても立派な淑女になられたというのに。
でも私では教えきれない部分は、早いうちに小娘のために揃えた家庭教師達に私が教わっている。私が元伯爵令嬢だった時に教えてもらっていた一流の家庭教師達だから。私の顔を見て皆が安堵の息を漏らしたのは、自惚れでなかったら私を案じてくれていたのだと思う。だからお嬢様のために教えて欲しい、と頭を下げた私に快く、そして何となくこの伯爵家に察するものがあるのかこっそりと教えてくれた。
そんな家庭教師達に教わっていてコレなのだ。元が平民など関係ない。“貴族”であることの誇りを得る機会を自分で放棄しているのだから。貴族が何故平民よりも着飾り、美食を口に出来るのか。ただ笑ってお茶会や夜会に出ていればいいわけじゃない。派閥内でも仲の良くない家もある。その家と足の引っ張り合いをするのではなく、如何に牽制しつつ自家に有利な行動を取るか。女同士だからこそ出来ることもあるし女同士だからこそ生まれる争いもある。
茶会や夜会は戦場。
その戦場で表情を悟らせず思考を読ませず、それでいて自家に利を齎し、領地を持つ家なら領民に利を齎す方法を、男性も女性も笑顔の下で常に張り巡らせている。それが結果的に相手を引き摺り下ろす事になろうとも、不利益を被らせる事になろうとも。
それが“貴族”という存在なのに。
この小娘は全くそれを理解していない。
何のためにお嬢様とロイスデン公爵子息との婚約が成立したのか。
それは私も分からない。でも国王陛下は何らかの利を見出したから、婚約を調えたというのに、それを理解しないばかりか、国王陛下への不敬を口にする。この事は、急ぎ宰相補佐に報告するべき案件になる。
お読み頂きまして、ありがとうございました。




