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5-3 お兄様の後悔

「でも、本当の後悔はこの後だった」


 掛ける言葉が見つからない私の耳にお兄様の声が滑り落ちる。


「本当の、後悔」


「お祖父様が病で寝込んでしまい、私や使用人達でお祖父様の看病をしながら屋敷を回すので精一杯。領民達の声を聞く時間もなく。あの屑が増税を勝手に決めてしまい、領民達が貧しさに喘ぐような仕打ちをしていた。……そんなことすら知らなかったという後悔。それからその窮状をお祖父様や私に訴えたくても訴えられなかった領民達が決死の覚悟で王都へ赴き王城へ訴え出た後悔。……場合によっては、訴えなど黙殺された上に不敬罪として処刑されても仕方ないことを、領民達に行わせた後悔。上げればキリが無い」


 私は……


「ごめんなさい、お兄様。私、自分のことだけで精一杯で、領民達のことなんてこれっぽっちも考えてなくて」


 スルリと出て来た言葉は“私”というより日本人だった記憶を思い出す前の、貴族の令嬢として知識や教養やマナーなどを覚えていた“わたし”のもの。

 お兄様がハッと私を見る。自分を嘲笑していたお兄様が表情を消して慌てる。


「いや、違う! ネスを困らせるつもりも苦しませるつもりもなくて。……そうだな、こんなことを言えばネスが苦しむよな、済まない」


「違いますよ。お兄様。苦しむとかじゃなくて。私はお兄様の立場に寄り添うことも出来なかったんです。だから自分の勝手で伯爵家を褫爵の憂き目に遭わせたことを、私は後悔してないんです。でも、お兄様の意思を確認しなかったから、お兄様の未来を潰してしまったと思って」


 私の言葉にお兄様は目を丸くする。そして、ああそうか、とゆっくり頷いた。


「そうか。ネスは、私の未来を潰したと思っていたのか。私は自分が伯爵位を継げる人間だとは思えなかった。……伯爵位を継ぐ。そのためによく学んだつもりだし、よく鍛えたつもりだった。だが、だからこそ私は……俺は伯爵位を継げる人間ではない、と自分で分かってしまった」


 また、自嘲の笑みを浮かべるお兄様。

 私は敢えてそこに触れず。


「鍛えられましたね。身体付きがまるで違うので、本当にお兄様かなって疑いましたもの」


 私が笑えばお兄様も苦笑する。


「お祖父様がそんなひ弱な身体では、と厳しく鍛えてくれたんだ。お祖父様は私には厳しくも優しい人だったが、今から思うとネスティーのことはあまり気にかける人ではなかったと思う。クリスとフォールから報告書はもらっていたが、読むだけで何か行動を移すことは無かった」


 お兄様は聞きたくないかもしれないけど、とお兄様から見たお祖父様の様子を話す。


「いえ。知りたかったことなので、ありがとうございます」


 まぁ心の何処かでお祖父様にも見切りは付けていたから、こんな話を聞いてもそうだろうなぁ……としか思えない。伯爵から私に出て行け、と追放宣言を受けた時、クリスは私に味方しなかった。フォールは姿も見せなかった。……つまりそういうことなんだと思う。


「ネスは、まるで他人事のように聞くな」


「他人事、なんです。私の味方はアズだけでした」


「そうか。……中々助けてやれず済まなかった」


「お兄様が悪いわけじゃない。仕方なかったこと、です」


 お兄様の謝罪に頭を振る。

 本当にどうしようもなかったことなのだ。

 伯爵子息だからと言って、何か出来るわけじゃない。出来ないことの方が多かったと思う。

 お祖父様が元気だった頃はお祖父様の監視の目があっただろうし、病気で寝込まれたのなら、それこそ何も出来なかったはず。

 お祖父様にとっては、嫡男であるお兄様の無事が一番で私は、別に何とも思っていなかったのだろう。

 本当に私を助けたかったのなら、奔走してくれていたと思うから。クリスやフォールは味方だったけど絶対的な味方ではなかったから。

 きっと、お祖父様が病気だと分かっていたから、伯爵に追放宣言をされた時、クリスもフォールも私を助けなかった。雇用主が変わるかもしれないのに、その新しい雇用主が伯爵にならないとも限らないのに、私の味方なんて出来るわけがなかったと思う。

 それを責めるつもりは無いけど、許せるわけでもない。もう会わないだろうから、それでいい。関わりたくない。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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