5-2 お兄様の後悔
「ネスティー、もう大丈夫みたいだね」
お兄様の声にコクリと頷く。
相変わらず泣きそうな顔のお兄様。
それからオズバルド様には申し訳ないけれど出てもらってアズには残ってもらい改めてお兄様とお話をすることにした。
「お兄様、改めて尋ねます。褫爵ではなく返上したかった、というのは……」
「ネスティーはお祖父様が亡くなったことは知っているかい?」
この屋敷に来て落ち着いた頃に、アズが教えてくれた。宰相補佐様経由で知らされたらしい。
「はい。伯爵の裁判前だった、と」
「うん。お祖父様は病気でね。二年くらい前から体調を崩して、それで私が代わりに執事達と領地の見回りに行ったこともあったのだけど。領民のために使うお金ではなく、私やお祖父様や使用人達が使うお金が少なくなっていたんだ」
お兄様のお話では、領地からの収益のうち、領地や領民に還元する分、国に納める税金の分、そして伯爵家で使用する分と分けられる。その伯爵家で使用する分のうち、伯爵一家が使用する分と領地に居る前伯爵やお兄様達の分、と更に分けられるそう。
でも年々領地に居るお祖父様やお兄様達が使用出来る金額が減らされていったらしい。
それでお祖父様が度々王都に出て伯爵家まで赴いたけれど、伯爵が会うことが一切無くて話し合いも出来なかったとか。
それで執事のクリスに接触して伯爵と話が出来るように伝えてもらうように命じたらしいけれど、お祖父様と伯爵との力関係は伯爵の方が上だから無視されていた、と。
確かに前伯爵と現在の伯爵なら現在の伯爵の方が力関係は上だもんね……。
それで結局会えないままにお金は減っていき、そのうちお祖父様が病気になってしまってお兄様が出来る限り領地を回っていたけれど、使用人を減らすことにした結果、お祖父様の面倒を看る人が居なくてお兄様や領地の屋敷に居る執事も総出になってしまい、領地のことが疎かになってしまったそう。
その間に伯爵が税金の増額を決めてしまった、と。
それは国を裏切ること。
国に分かれば褫爵の憂き目に遭う。……そして、ラテンタール家は褫爵の憂き目に遭った。
「お祖父様が死ぬ前に何とか爵位の返上が出来ればいい、と思っていたんだ。私が王都に出て来ることは叶わず、父が領地に来ても屋敷を訪ねることはない。だから爵位返上を進言出来ず、結局褫爵の憂き目に遭った」
「お兄様……」
「お祖父様に、後継者教育を受けていて気づいたんだ」
「何を、でしょう?」
「私は当主には向いてないということに。だから爵位返上を願っていた」
お兄様が当主に向いていないと仰ることに驚きます。
「自分を卑下しているわけではないよ。力量の問題だ。当主になるために必要なことって何か分かるか?」
お兄様に問われて考えます。
「領地と領民のために尽くすこと?」
「それは当然のことだな。必要・不要ではなく必須だ」
成る程。
要る、要らないではなく当然のこと。それはそうです。必ず行うべきこと。では必要は?
「優しさですか?」
「違う。冷酷さだ」
「冷酷?」
領地と領民のために尽くすのだから、優しさが必要なのだと思っていましたが、冷酷さが必要なんて……。
「例えば、ネスティーが詐欺師だとしよう」
「はい」
「新種の小麦が出来ました。今なら安く小麦の苗を渡せます。でも他の領地にも欲しいと言う方が居るので明日までに返事を下さい。とネスティーが言ったとする」
「はい」
「その裏付けが取れないくらい即断即決を求められている」
「はい」
「そしてまんまとお金を騙し取られた」
「はい」
「ネスティーが私を騙したから、と捕まった。ネスティーは家族を養うために詐欺をしてしまった」
「はい」
「この時に領主である私は、騙されたことを許さずにネスティーに罰を与えるのが普通だ。ネスティーにどんな事情があっても罪は罪」
「はい」
「でも私は、その事情に同情して罪に対する罰を与えなかったり軽くしたり、という考え方をしてしまう。果たしてコレは罪を犯したネスティーにとっても、騙された私のことを信じてくれた領民達にとっても良いことになると思うか」
私は、無言で首を振った。
罰を与えないのも軽くするのも、罪を犯した者にとって良くないし、領民達のためにもならない。
「そう。そういうことなんだ。私はこの冷酷さが無い。いざと言う時に変な同情をして領民を窮地に陥らせる。守るべき領民を守れない領主なんて、当主に向かない」
お兄様は自嘲する。
私は……何も声を掛けられない。
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