1-1 これが、本当の悪夢
お待たせ致しました。
「いやぁああああ」
自分の叫び声で飛び起きた。
転生前にそんな表現がされた本を読んだ時に、本当にそんなことがあるのかな、なんて訝しく思ったことをチラリと脳裏に過ぎりつつ、夢で良かった、と荒く呼吸を繰り返す。
隣から駆けてくる足音と荒々しいノック音と「お嬢様っ」 という取り乱したアズの声を聞いて、我に返った。
「だ、大丈夫」
とはいえ、私もまだ冷静ではないから。入ってもいいか許可を得る声に是、と答える。
入って来たアズの顔を見て心配かけたことを申し訳なく思うのと同時に、心配をしてくれるその心が嬉しい。
「お嬢様、随分と凄い悲鳴でしたが、どうされました?」
深呼吸をしたアズは、多分私の無事に安心したのだと思う。アズの声の向こうでは更に足音が聞こえて来て、他の人も起こしてしまったようだ、と気付いた。
オズバルド様の「ネスティー嬢? どうした?」 という声が聞こえて来て私は慌ててアズにドアを閉めるように言えば、アズは一旦部屋から出て、駆けつけた足音を止めるようにオズバルド様に声を掛けている。内容は分からなくても声は切れ切れに届いていて、少ししてからアズだけが再び入って来てドアを閉めた。
「それで、お嬢様?」
アズには何でも話すことに決めたのだから、と、私は夢の出来事とはいえ口にする。
「夢を、見たの」
「夢、でございますか」
「そう」
「それは、オーデ侯爵家の血が見せるようなものですか」
「わ、分からない」
そう答えてからハッとする。
そういえば前世の記憶を取り戻した私が小説で読んだことを口にして、アズがそれを私の血が持つ力だと思っていることを忘れてた。
どうしよう。ただの悪夢かもしれないのに。
でも、悪夢は誰かに話すとただの夢で終わることもあるって聞いた気がする。……うん、話そう。
「分からないですか。でも、お嬢様が叫び声を上げる程の悪夢なのでしたら何かあるかもしれません。話して頂けますか」
「でも、ただの夢で終わるかも」
「それならばそれで良いと思いますが、何か対処が出来ることでしたら聞いておいてもよいかと思います」
成る程。それならそれでいいかもしれない。
私は深呼吸して悪夢を思い出す。
市場調査、と称して街に行ってやらかしまくり、皆を危険に晒してしまったあの日より十二日。
自分の持つ家の血が、私が思う以上に価値あるものと知ってから、私は気軽に外出するのをやめて、基本的には屋敷の中かお庭に居るようにしていた。
その間に、二度、街中の店主さんが私に会いにこの屋敷を訪れた、と聞いた時には自分の発言の影響力を知った。別の店主が二回ということ。もしかしたら、もっと前世日本人だった頃の記憶のことを知りたかったのかもしれない。
……助言という形で、斬新なものを、と。
良くも悪くも私自身の言動で、屋敷が騒がしくなってしまった。反省しかない。
そういったことからも、アズには全てを打ち明けることに決めていた。
「あの、大きな広場を覚えている?」
「街中を歩いていた時の」
「そう。あの広場の前は大通りでしょう?」
「はい」
「その大通りで、いつ頃とは言えないけれど、服装から考えると今の時期だと思うわ。この時期に、馬が暴れるの」
「馬が?」
「そうよ。馬は馬車を引いていた。御者が宥めるけど、何かに驚いた……ような馬は、落ち着かなくて。辻馬車だったと思う。貴族家所有の馬車ほど華やかではなかったから。そしてその馬は暴れたまま大通りを走っていて……その馬の先には男の子の兄弟、だと思う二人が居て。怖くて動けなくて止まっていて。馬がその二人にぶつかって二人の身体が宙に舞う所で目が覚めたわ」
アズは、少しだけ息を呑んだ。そんな音が聞こえる。
「それは……大きな事故ですね。詳しいことは他には分かりますか」
「ええと……。あ、そうだ。宰相の息子さんが領主代理様でしょう?」
「はい」
「その領主代理様があの広場を含む中心地の視察か何かがあると思うの。その事故の前に、夢の中で領主代理様がそろそろお見えになるかな、と誰かが話しているのが聞こえたわ」
アズは具体的な時期が出たことで、これはもしかしてオーデ侯爵家の血が持つ夢なのかもしれない、と考えた。
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