私が頑張る ~sideA~
キャサリンが、家に来たのはまだ朝早い時間だった。
昨日の今日なのに、どうやらルークに真意を確認してきてくれたらしい。主婦に子育てに忙しいはずなのに、この行動力、本当に感服する。
「ありがとう!あがってあがって!」
「もうすぐ、旦那の出勤時間だからここで大丈夫よ」
にっこり笑ったキャサリンは、首を振った後、鞄をゴソゴソして取り出した瓶を差し出してくる。
「いーい?貴女の心配は全部杞憂よ。押して押して押し倒しなさい!!はい、これあげる」
キャサリンの勢いにのけぞるようにしながら瓶を受け取る。目を白黒しながら、押し倒すのはちょっと…と口ごもる。そして、最低限聞いておかないといけないことを尋ねた。
「こ、これなに?」
「うふふ、媚薬よ」
「な!?」
絶句する私に「大丈夫、初心者向けだから」と、何とも安心できない助言と微笑みをひとつ残して、キャサリンは去っていった。
私は手に持った媚薬を恐る恐る目の前まで持ち上げて、瓶をじっくり眺めてみる。可愛らしい桃色の瓶で、私の手のひらで握りこめそうなサイズだ。瓶にはリボンがかけられているが、ラベルは張られていない。
ごくりとつばを飲み込む。
どうしよう。でも、以前もらった自白剤のおかげで私の思いをすべて吐露することができた。恥ずかしくはあったが、結果的にとてもいい方向に話が進んだのも確かだった。
(これは…思い切って頼ってみた方が…?)
冷静ではない私は気が付かないが、かなり切羽詰まっていたらしい。思考がかなり極端な方に揺れ動いていた。
手をつなぐ事さえできていない現状で、果たして媚薬の出番があるものか。それでも、私は現状を打破したくて、とにかく何でもいいから縋りたい気持ちだったのだ。
「ルークが、その気になら無いなら私が頑張ればいいのよね!」
ぐっとこぶしを握って、今着ていたスカートとブラウスを脱ぎ捨てる。そして、用意をするためにバスルームに向かう。本日は、美術館前で待ち合わせだった。でも、ルークが家を出るより前に、ルークの家に向かうとしよう。
急な予定変更だから、時間はもうあまりない。でも、私にできる精一杯の努力をしてみよう。
私の心配は杞憂だと、朝一番に駆けつけて、勇気をくれたキャサリンに顔向けができるように。