何もない ~sideA~
「はぁ!?何がないって?」
キャサリンのあまりの声の大きさに、動転した私は、周囲を見渡しながら、慌てて唇の前に指を立てて、しー!と注意する。
そして、体勢を戻すとブスッとした表情で答える。きっと、顔は真っ赤に違いない。
「その、だから、何も」
「え、何もって、ホントに何も?……貴女達、付き合ってもう3ヶ月以上立つわよね?」
「そう…」
キャサリンの呆気に取られた顔にさらにしょんぼりする。キャサリンにしても「あり得ない」と思うのかぁ……。
私の目下の悩み。
そう、付き合ってからも、ルークは私に一切手を出してこないのだ。
「やっぱり……私に魅力がないのかなぁ」
心の底から出たような大きなため息こぼしながら、机に突っ伏した。
◆
「じゃぁ、ここでな」
ルークは私の一人暮らしの集合住宅の前でそう言うと、頷く私を見てすぐ踵を返した。
外は、間もなく薄暗くなるかというところ。黄昏時にも早い、お互いの顔もはっきり見える時間だ。今日と明日はお互いに仕事はお休み。ちなみに、明日も会う約束をしている。
ルークと付き合うようになって、ルークは格段に優しくなった。ぶっきらぼうではあるけれど、前みたいに意地悪なことを言うこともなくなったし、終業後は毎日のように迎えに来てくれるようになったし、今のところ週末は毎回デートに連れ出してくれる。しかも、出掛ける先は植物園や美術館などの文化的なスポットで、特別な催しを開催しているところばかり。私が好きそうなところを探してくれているのだろうと思う。学生時代のルークを思い返してみると、ルークはもっと活動的な場所を好むはずだから、きっと本人は1ミリだって興味が無い場所ばかりだろうに、色々と連れ出してくれている。
付き合うことを、半ば勢いで決めたところはあったものの、きちんと大切にしてくれている様子に、決断は間違ってなかったな、と思うのもそう時間はかからなかった。
そうなると、二人ともいい大人だし、多少のスキンシップは当然だろうと、自分なりに心の準備をしていたのだ。
……それなのに、いつも解散は夕食前。キスはおろか手さえもつながない。未成年でももう少し色気のあるデートをしていると思う。
今日も変わらず通常運転のルークを見送って、私はため息を吐いた。
そして、ついに耐えきれなくなって、その足でキャサリンを呼び出したのだ。何かある度に呼び出して、本当にキャサリンには申し訳ないと思っている。でも、こんなこと愚痴れる相手、私にはキャサリンしかいないの。
こうして、夜も早いうちからすっかり出来上がり、管を巻いているわけである。
私の告白を聞いたキャサリンはあきれたような顔をして麦芽酒のジョッキをあおる。
「仕方ないなぁ、私がちょっとどういうつもりか聞いてきてあげる」
頼もしいキャサリンの言葉に顔を輝かせる。しかし、すぐに嫌な想像をしてしまって俯く。
「でも、付き合ってみたら想像と違ったとか、私相手にその気になれないとか言われたら……私、立ち直れないかも」
弱気な私の言葉に、キャサリンは首を降る。
「そんなこと言う奴、こっちから願い下げよ!ウジウジ付き合う期間が長くなるほど、むしろ痛手よ。さっさと決着つけた方が結局お互いのためでしょ!……まぁ、そんなわけ無いと思うけど」
あんまりだけど、もっともかもしれないキャサリンの指摘にあいまいに頷いた。