銀貨5枚の成果はいかに ~sideR~
こちらが無理に近づいていたのだ。こちらから寄ることがなくなると、瞬く間にアイリスとの繋がりは途絶えた。
日々を消化するように過ごすと、学生生活などあっという間だった。
卒業パーティーを目前に、学生達の関心事は誰が誰をエスコートするか、その一点に集中していた。
プロムは単純な記念パーティーではない。成人は結婚して初めて一人前と認められる。卒業後すぐ結婚するものが多いため、暗黙のうちに婚約者のお披露目を行う場としてみんなが認識しているからだ。
そして、家が決めた婚約者がいるような富豪以外は、自分で相手を見つけなくてはいけない。
肌がチリチリするような視線と、浮き足立つような空気の中、アイリスは自分だけには全く関係ないような顔をして、今日も凛と立っていた。それとなく、アイリスのお相手を周りに情報収集してみたものの、全く掴めない。
アイリスは唯一仲の良いキャサリンといる以外は一人でいることも多いが、俺はそうではない。常に人がいる。特にここ最近は。本人に聞きに行こうにも、中々タイミングが掴めない状態だった。
はぁ、とため息を吐く。
これだけはやりたくなかったが…。
放課後、取り巻き達を撒き、秘密のサインでこっそり呼び出した相手に会いに、校舎裏に向かう。
ざり、と土を踏む音に顔を上げた相手は、くるくると弄んでいた髪を払うと腰に手を当ててこちらを凄む。
「ちょっと、ルーク。あんたアイリスをプロムに誘おうとしてる相手をことごとく撃退すんのやめてくれない!?」
「……何でお前にそんなこと言われないといけない。…と言うか、全員他に良い相手がいただけだろう」
「宛がってんのあんたでしょ!」
「どうして俺がそんな面倒くさいこと」
ふいっと顔を背ける。偶然だ、二度あることは三度あると言うではないか。
キャサリンは額に手を当てて大きくため息を吐く。そしてすかさず片手を広げた。
「今回の情報料」
「はぁ!?高すぎる!!何聞きたいかも聞く前から提示する金額じゃないだろう!?」
「…良いのよ、私は善意で協力しているだけ。別にここで帰ったって。プロムもあるし、入用なのよね」
キャサリンは頬に手を当てて優雅に笑った。
完全にこちらの足元を見てくるキャサリンの態度に心の中で悪態をつく。
(これだからこいつを頼るのは嫌だったんだ)
分かったと頷くと、銀貨を5枚財布から取り出す。にやりと笑うキャサリンに憮然とした顔で尋ねる。
「あいつ、誰とプロムに参加するかもう決めてるのか?」
「お生憎さま。誰かさんの所為で、まだ決まってないようよ」
「…親族は?」
「アイリスは長女だし、下に弟妹がたくさんいるの。ご両親が必死に働いてもまだ足りなくて、アイリス自身も奨学金で通っているくらいだし……アイリスは人に頼るのが苦手よ。プロムがあることも言ってないんじゃないかしら」
「ふーん」
気のないふりをして返事をする。
「アイリスを図書館に呼び出してくれ。明日のこの時間」
「はー?教室で正々堂々と話しなさいよ」
「さっきの話に銀貨5枚は取り過ぎだ。それくらい協力しろよ」
両頬を栗鼠みたいに膨らしたキャサリンをちらと見て、そのまま立ち去った。
次の日、変にふわふわした気持ちのまま、図書室に向かう。あの日から、足を踏み入れなかった図書館に。
「あれ?ルーク?」
キャサリンが来ると思っていたアイリスは不思議そうに首を傾げた。
「キャサリン見なかった?」
「見てない」
そう、とアイリスは手元の本に再び目を落とす。
眼鏡に、おさげの三つ編み。地味で化粧気はないが、大きな瞳を彩るまつ毛は豊かで、瞳は猫のように少し吊り上がっている。年齢より幼く見えるその姿をじっと見つめながら、アイリスの前の席にゆっくりと腰を下ろした。頬杖をついて口を開く。
「なぁ、お前、まだプロムの相手が決まってないんだって?」
声が震えなかったのは奇跡だと思う。
「だから何?」
ちらりと本から視線をずらし鋭い目でこちらを見ている。
「かわいそーにな。モテない女は」
「別に…。私、就職も決まっているし、すぐに結婚する気も無いもの」
「なぁ、一緒に行ってやろうか?」
俺の言葉に胡散臭げにアイリスが顔を歪めた。
「…は?」
「……俺がエスコートしてやろうか、って言ってんの」
「いやいやいやいや、ルークなら一緒に行きたいお嬢さん、いっぱいいるでしょう?」
「……俺もすぐ結婚する気ないし。プロムに出たくらいで彼女面されんのもめんどくせーしな」
「んー…でも、やっぱりいいよ。だって、私皆に恨まれたくないし…」
アイリスはぶんぶんと顔の前で手を振る。先程までと違って顔から険が取れた。
「でも……誘ってくれてありがとうね。…嬉しかった。あ、キャサリン来たみたいだから行くね」
アイリスのはにかんだような笑顔に一瞬固まる。結果、一言も発せないまま、彼女を見送る事になってしまった。
来るのが早すぎると、キャサリンを睨み付けたが、彼女は肩を竦めるだけで、さっさとアイリスと連れ立って行ってしまった。
そこから、再び彼女と二人きりになる機会はなくて、あっという間にプロム当日になってしまった。