17 ジルの提案②
ジルの言葉に、彼の瞳になんとなく見入っていたセラフィナは瞬きをした。
「……え? それは……つまり?」
「僕と君は想い合う仲であると、皆に知らせるんだ。そうすれば、君がいきなり僕に抱きついてきた理由も僕が君を抱きかかえて移動した理由も、説明できる。そしてこれから先、僕たちが近い距離にいたり僕たちがお互いの部屋を行き来したりする際の言い訳にもなる」
「……」
ゆっくりゆっくり時間を掛けて、セラフィナはジルの言葉を呑み込む。
「……私たちが、お付き合いをする、ということ?」
「んぅっ……あ、あくまでも『そう見せかける』だけだ」
それまではなめらかに話していたジルは一瞬言葉に詰まりかけ、咳払いをして調子を取り戻した。
「そうでもしないと、君は痴女の烙印を押されてしまう。だが元々僕たちは秘密裏に交際をしていて、今回はついセラフィナが想いを募らせてしまったから……のような理由にすれば、まあ納得してもらえるだろう」
「……」
「見せかけだから、僕たちがやることはこれまでと全く同じだ。そうして君をむしばむ呪術が解けたら、自然と交際解消したと思わせればいい。なんなら、君が僕に飽きたから捨てたという設定にすれば後腐れもないだろう」
「あるに決まっているでしょう! 何を言っているの!?」
とんでもないことをあっさり言われるものだから思わず声を上げると、ジルは目を細めた。
「……じゃあ、他に妙案でもある? 君の記憶にはないようだけど、君の方から僕に抱きついたのは事実だ。そして……ただの平民である僕より、貴族のご令嬢である君の面子を守る方が大事だ。平民の男なんかにもてあそばれて捨てられた、なんて言われたら……君は困るだろう?」
「……」
困る。本音を言うと、かなり困る。
だが……身分のことを持ち出すなんて、ずるい。これでは、セラフィナはジルの提案に乗るしかないではないか。
(……いつも、そうよ。ジルは迷わず、自分が不利になる道を選ぶ……)
自分は平民だから、貴族のお嬢様に捨てられても困らない。背負う家もないから、セラフィナと絶交しても失うものはない。だから、自分が負担する道を進んで選ぶのだ。
「……どうしてジルはいつも、自分が苦しい方の道を選ぶの?」
思わず尋ねると、ジルは目を細めて眉間にしわを寄せた。
「……好きで選んでいるわけじゃない。常識的に、論理的に考えて最善だと思う道がこれだっただけだ。別に僕でなくとも、同じ境遇に立たされた者は僕と同じ選択をするはずだ」
「じゃあせめて、私とあなたの負担が少しでも近くなるようにしてよ! せめて、私があなたを捨てたみたいな終わり方にはさせないで! それじゃああんまりだし……それに」
「何?」
「……無事に呪術が解けても、私はあなたと仲よくしていたいもの」
ぎゅっとシーツを握りしめて、セラフィナは言った。
今は呪術のせいでジルの匂いに執着してしまっている。だが、そうでなくてもジルの近くは居心地がいいと思っているし……彼とはこれからも、第二書庫で軽口をたたき合う仲でありたいと思っている。
呪術が解けたからはいさようなら、みたいな終わり方は……絶対に嫌だ。
ジルは目を丸くし、そしてなぜか眼鏡を掛けてしまった。今二人は近い場所で話をしているから、近視用の眼鏡を掛ける必要はないはずだが。
「……。……君のそういう甘ちゃんなところ、なんだかイラっとする」
「う……ごめんなさい……」
「違う、勝手に苛立っている僕がいけないんだ。……いつの間にこんなに欲深くなっていたのかな」
「私のこと?」
「僕のこと。でも、今の発言は忘れていいから」
ジルはため息をついてから、背筋を伸ばした。
「……それじゃあ、ひとまず恋人同士のふりをするってことでいい? 君の方が僕に惚れ込んだという設定にした方が自然だろうから、それに関しては我慢してほしい」
「我慢なんて、そんなことないわ。もちろん、私がジルのひねくれたところもいいし、本好きなところや面倒見がいいところに惹かれたからお付き合いしているってことにしましょう」
「……」
「……何?」
「……いや。君は、僕のことをそういうふうに思っていたんだね」
顔を背けたジルがつぶやいたので、セラフィナは微笑んだ。
「ええ、そうよ。ほら、ジルって基本的に愛想は悪いみたいだから、私だけあなたの秘密やいいところを知っている。でも、それを詳しく皆に教えるつもりはない、ってことにしたら、それっぽくならない?」
「……。……うん、まあ、君がそれでいいのならそうしよう」
こちらを向いたジルは、すっと右手を差し出してきた。
「それじゃあ……ひとまずは憎き犯人が捕まりノートを回収するまで、恋人役としてよろしく、セラフィナ」
「……ええ。こちらこそよろしくね、ジル」
差し出された手を、しっかり握る。
……その手は男の人らしくがっしりとしていて、ついうっかりときめきそうになった自分をセラフィナは叱っておいた。