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15 衝動

 だが、セラフィナの祈り虚しく。


(……ま、まずい。これは……まずい……!)


 ジルが帰ってくる予定の本日は、念のために仕事を休みにしていた。そして午前中に呪術研究所に行ってラモンの診察も受けたのだが……昼を過ぎたあたりから、一気に調子が悪くなった。


(……ていうか、最初のときより悪化している……!)


 倦怠感やめまいはもちろん、冷や汗がだらだら出てくるし指先が震えてくる。ラモンは、「呪術の禁断症状は糖分が不足した状態に似ていることがある」と言っていたが、これほどまで辛いものだとは思わなかった。


 萎えて力が入らない体を叱咤して服を着替えたり汗を拭いたりして、換気のために窓も開けた。窓枠に身を預けて深呼吸すると、少しだけ楽になったが……それでも、動悸はなかなか治まらない。


(時間が経ちすぎたからか、もうジルの服から匂いもしなくなったし……。ジルが早く帰ってくるのを祈らないと……)


 ジルは、帰ってきたらすぐにセラフィナのもとに来てくれるといっていた。彼は気だるげだが約束は必ず守る人だから、待っていれば必ず彼が来てくれるはず。


 ……だが、彼が城門をくぐってここに上がってくるまでの、一分一秒すら惜しい。


 早く、一秒でも早く、彼に会いたい。思いっきり抱きついて、その胸元に顔を埋めて、あの安心できる香りを胸いっぱいに吸いたい。この、自分ではどうしようもない動悸を治め、死への恐怖を和らげてほしい。

 あの低い声で、「セラフィナ」と呼んでほしい……。


 ふらり、とセラフィナは立ち上がり、部屋を出た。


(ジル……)


 壁に手を突きながら歩き、使用人用の宿舎を出る。幸か不幸か通行人はほぼおらず、私服姿でふらふらするセラフィナを見とがめたり心配で声を掛けたりする者は誰もいなかった。


 ぼんやりとした頭で足だけを機械的に動かして向かったのは、王城の使用人用通用門。彼はここから出て行ったので、戻ってくる際もここを通るはず。ここで待ち伏せていれば、すぐに彼に会うことができるはず。


 近くのベンチに座ってぼんやりと眺めている間に、門をいろいろな人が通っていった。城下町の視察帰りらしい騎士や兵士、食料を運んできた様子の業者の馬車、休みの日に城下町で遊んでいたらしい使用人。そして――


「ジル――!」


 遠くからでも、分かった。今、門をくぐったあの一行の中に、ジルがいる。

 行きは彼一人で門をくぐって出発していたが、帰りは十数名の人と一緒にいた。もしかしたら同行者なのかもしれないが……今のセラフィナにはそういった難しいことを考える余裕はなかった。


「ジル!」


 もう一度名を呼び、ふらふらの足取りで走る。二度目の呼びかけにジルも気づいたようで、ゆっくりこちらを向いた彼が小さく身を震わせたのが分かった。眼鏡越しなので目の動きは分からないが、きっとセラフィナを見て驚愕で目を開いたことだろう。


(ああ、ジル、ジルがいる! ちゃんと、帰ってきてくれた!)


「ちょっ、セラフィ――」

「ジルっ!?」


 周りの人の目なんて気にせず、セラフィナはジルの胸に飛び込んだ。旅帰りだからか少し埃や土のような臭いもするが、それを勝るほどの穏やかな香りでセラフィナの胸はいっぱいになる。


(ジル、ジルがいる……安心できる。温かい、気持ちがいい……)


「ジル、おかえり。会いたかった」

「え、あ……ちょっ、だめだ、ここでは……!」

「なんで、離れたくないの。ね、ぎゅってして……!」


 こうしていると、胸の動悸が治まるから。死への恐怖が、薄まるから。頭の痛みも吐き気もめまいも、全部消えていくから。


 必死に訴えると、最初はセラフィナの肩を掴んでいたジルの手が離れ、片手は腰に、もう片手は太ももに添えられ――


「……掴まっていて、セラフィナ」


 ひょい、と彼に抱えられた。


(……あ、この格好だと抱きつきやすい。落ち着ける)


 ふわふわ夢見心地でジルの首に腕を回して身を寄せ、とろんとまどろむセラフィナは気づかなかったが――二人の周りでは、皆が大騒ぎをしていた。


「お、おい、ジル! おまえ、いつの間に……」

「悪いけれど、今はそっとしておいてくれ。後で事情を話すから……今は、セラフィナのことが心配だ」


 ジルは動揺する人々に向かって冷静に言うと、セラフィナを抱えたまま歩き出した。インドア猫背の痩せ型男だとは思えないほど、その足取りはしっかりしている。


「……ん、ジル? どこか行くの?」

「落ち着ける場所に行こう。いろいろ言いたいことはあるが……まずは君の体調を安定させるのが一番だ」

「……ん? そう、ね……」


 ジルの言葉は、呪術で弱った今のセラフィナには少し理解が難しかった。

 だが、相変わらずジルからは安心できるいい匂いがするし、その腕の中は落ち着けるので――セラフィナはとろとろとまどろみながら、ジルのぬくもりに甘えるだけだった。

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