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11 治療のために②

 読んでいた本の中に顔を突っ込んで熱を放つ頬を隠すセラフィナだが、隣に座るジルは冷静に続けた。


「でも犯人の目的はむしろ、そっちだったのかもしれない」

「……えっ?」

「あのノートには、僕の名前が書かれていた。偶然僕の方が先に見つけたけれど……あれを君が発見して僕のものだと思い、僕に手渡す……という方が自然じゃないかな」

「……あ」


 確かに、ジルの言うとおりだ。


 ジル本人なら、あの名前が自分が書いたものでないとすぐに分かる。だがセラフィナはジルの字を見慣れているわけではないから判断できなくて、「書庫にあるのだから、ジルのものに決まっている」と疑うことなく彼にノートを手渡しただろう。


(……むしろ犯人の目的は、そっちだった? でもあのとき、私が司書室にいたからジルが先にノートを見つけて、今の状況になった……?)


「……そうだとしても、どうしてそんなことをするの?」

「知らないよ。……でももしかしたら、最近君が受けていた嫌がらせにも関係しているのかもしれない」

「……肌着を泥水に沈めたりスカートを切ったりする行為がエスカレートして、ジルに私の匂いを嗅がせようとしたの?」

「ああ。……もしそれが成功していたら、君は僕に……ええと、それこそ卑猥なことをされたと吹聴できるかもしれないからな」


 さすがに恥じらいがあるのか途中で口ごもりつつも、ジルは言った。


(な、なるほど。犯人は私のことが憎いから、ジルに襲わせて名誉を傷つけようと……?)


「……私、そこまで誰かに憎まれていたのかしら……」

「どうだろうね。でももしそうだとすると、犯人の目星はちょっとだけつきそうだ。少なくとも君に個人的に強い恨みを持つ誰かってことだからね」

「……でも犯人のもくろみは微妙に外れで、私がただの痴女になっただけと」

「……そうだな。犯人はノートを回収したようだから、様子を見ているんだろう」


 そんなことをぽつぽつと話していると、閉館して四半刻ほど経過していた。既に窓の外の空は夜の色に染まってあり、城の庭園にも明かりがともりつつあるのが見えた。


「……今日はもう大丈夫だと思うわ」

「そうか。……じゃあこれ、お土産」


 そう言ってジルは立ち上がり、コートの胸元からハンカチを引き抜いてセラフィナに渡した。


「気休めくらいにはなるだろうから、持っておきなよ。……ちゃんと洗濯しているから」

「あ、ありがとう。じゃあ今晩はこれを枕の下に入れて、明日も仕事中に懐に入れておくわ」

「……夢にまで僕が出てきそうだな」

「別に、ジルの夢なら構わないけれど」


 さすがに夢の中でも誰かの嫌がらせをされたらうんざりだが、ジルが出てきたら……なかなか楽しいかもしれない。


 そう気軽に思って言ったのだが、本を積み重ねていたジルがさっとこちらを向いて、眼鏡で隠されていない双眸を細めた。


「……そういうこと、気軽に言うんじゃないよ」

「だめ? 夢の中でも読書トークができたらおもしろそうじゃない」

「……うん、まあ、君はそういう人だよね」


 なぜかジルは少しすねたように言い、セラフィナが読んでいた本もひょいっと取ってしまった。


「これも返しておくから、君は帰りなよ」

「う、うん。ありがとう。じゃあ、また明日ね」

「……ああ」


 ジルの厚意をありがたく受け取り、セラフィナは彼のぼさぼさ頭が書架の間に消えていくのを見送ってから建物を出た。










 その日、セラフィナは宣言通り枕の下にジルから借りたハンカチを入れて寝た。

 さて、どんな夢を見るだろうか……と期待しながら眠ったセラフィナを迎えたのは、城内の階段を下りている途中、誰かに背後から突き飛ばされる夢だった。


(何この夢、最悪!)


 夢の中なので痛みはないものの、馬車に轢かれたカエルのように踊り場で伸びているのはなかなか屈辱だ。この野郎、と思って振り返るが、そこに立っているのは――全身真っ黒で、目と口の部分にだけ三日月のような切れ目が入った化け物だった。


 ひっ、と息を呑むセラフィナを、黒い影はせせら笑う。そうして、縛られたかのように動けないセラフィナに向かって一歩一歩、階段を下りてくる――


(い、やだ!)


 思わずぎゅっとかたく目をつむり、不気味な黒い影から逃げようと体を丸める。だが夢の中だから、目をつむっているつもりなのに影が笑いながら近づくのがはっきり見える。


 どうして、嫌だ。早く目を覚ましたい――そんな気持ちで震えるセラフィナだが、いきなり目の前に白銀の鎧を纏う騎士が現れた。


 全身甲冑の騎士が剣を振るうと、黒い影は音もなく消え去った。騎士は剣を鞘に収めて振り返り、セラフィナを立たせてくれる。


(あ、ありがとう……)


 セラフィナが礼を言うと、鼻先まで覆う古風なヘルメットを被った騎士の口元が、にっこり笑った。

 顔かたちはほとんど見えないのに……なぜかセラフィナには、その口元がジルにそっくりだと思われた。








 翌朝。


(……うん、ないわね!)


 ぼさぼさの頭でベッドから体を起こしたセラフィナは、枕の下からハンカチを引っ張り出した。今は飢えていないからか、ハンカチに顔を近づけてもそれほど匂いは感じられない。


 もしかすると、甲冑を纏ったジルがセラフィナを脅かす悪夢を退治してくれたのかも……と思ったが、それはない。


(……だってジルって視力がすごく悪いし、運動音痴みたいだものね)


 この話をジルにしても「からかってるの?」と嫌そうな顔をされるのは目に見えているし……なんだか恥ずかしいので、誰にも言わないことにした。

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