第16話《とんでもない怪物》
目の前には、とんでもない怪物がいる。
オリオンからは、異様なまでの威圧感があった。触れれば切れてしまいそうな、そんな圧力である。一歩でも踏み込めば、容赦はしない。そう言われているようである。
術式を使ってしまえば、勝つことは可能であった。だがそれをしてしまえば、ここにきた意味がない。強くなるのが目的なのだから、相手の土俵で勝負する必要があるのだ。総合的な力では、俺のほうが遥かに上回っている。だが、武術だけで言えば、オリオンは俺の知らない領域にいる。
とは言えだ。
相手は全身に、魔力を宿している。
竜皇一刀術の特徴としては、魔力を武具のようにまとって武装するところにある。つまりは魔力が高ければ高いほどに、その威力は増すということだ。魔力の総量こそは、さほどでもないのに――オリオンのこの覇気は、いったい何なのだろうか。
「どうしましたか?」
不思議そうに問い掛けるオリオンが、静かに笑った。
魔力の密度がどういうわけか、異様に高いのだ。俺の知らない術式を用いているのは、理解できたのだが、何をやっているのか解析ができない。それ以上にオリオンの立ち姿に、まったくといって隙が窺えなかった。
それでもこのまま、傍観しているわけにもいかない。あえて一切の魔力もまとわずに、俺は飛び込むことにした。
一気に間合いをつめて、オリオンに殴り掛かった。その拳をノーモーションで左手で払って、前に重心を落としてきた。僅かに俺の重心が逸らされたのを意識しつつも、その反動を利用しながら左回し蹴りを放った時には、目の前にオリオンの掌が見えた。
頬の衝撃とともに、思いっきり地面に叩きつけられていた。
「本気で来なさいと、言った筈ですよ?」
その言葉が聞こえたかと思ったら、全身にやけに厭な感覚がのしかかっていた。
初めての感覚ではあったが、それが恐怖なのだということが理解できた。
――来る。と、思った時には、オリオンの打ち降ろしが俺の顔面に墜ちている。
ゆっくりと、すべてのことがスローモーションで感じられた。
朝の静寂をゆっくりと、衝撃音が斬り裂いている。全身に迸っていく鈍い熱のような衝撃が、呼吸を妨げている。何が起きているのかが、まったくといって理解らない。
心の奥底から這い出る感情が、恐怖ではないことだけは理解ができた。
きっと、俺は笑っていたのだと思った。
オリオンの意外そうな表情を見たとたんに、俺の意識はブラックアウトしてしまった。
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