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21.

 通された広間にて待つこと十数分。

 扉を開けて入ってきた領主の男は、何事もなかったかの如く――そしてもとより会談が予定されていたかの如く――余と家令に「よくおいでくださった」と笑みを湛えて言った。それを受け、わが家令の気配が研ぎ澄まされた剣ほど鋭いものとなる。

 余は、ルドルフの抱える怒りが暴発する前に立ち上がり、「此度は突然の訪問にもかかわらず面会が叶い、感謝している」と述べた。

 日和らないでくださいと言いたげな雰囲気を余の背後で存分に発散させている家令はこの際無視である。まずは、社交的に。

 言葉であろうと、刃ははじめから抜き身でなど見せぬのが戦いの定石である。


 しばらくは、とりとめもない話を交わした。麓の村々が豊作でなによりであった、今年の雪は長く続くであろうか、など。

「同じ土地に住まうもの同士、こうして顔を合わせるのは初めてであるからな、積もる話はいくらでもあるというもの」

「そうですね。――とは言え、あなた様と異なり、人に与えられた時間には限りがございますから、本題があるのであればそろそろお聞かせ願いたい」

 のらくらと躱していたら、焦れた領主が自ら火蓋を切ってくれた。余はここで抜き身をさらりと見せつける。

「では遠慮なく。あの商人の男、あれはぬしの差し金であるな?」

「……さて、何のことでしょうか。私にはさっぱり」

「ほう、知らぬと申すか」

「ないものを『ある』とは言えませんから」

「では、サラという娘の名に聞き覚えは?」

 ずっと薄っぺらい笑顔を顔に貼り付けていた領主が、その時初めて()の表情を見せた。

 と思うやいなや、それはまた薄っぺらの向こうに隠されたが。

「……ありふれた名ですな。我が領民はたくさんおります。あいにく、その一人一人の名まで覚えてはおりませんよ」

「なら、我が館のメイドを拐かすその扇動に加担してはおらぬと誓えるか?」

「ええ。神に誓って(・・・・・)

 領主は胸に手を当て真摯にそう述べてみせたが、余に悪意を持って『神』というその言葉を用いたと分かる。一見そつのない人好きのする笑顔が、余には醜悪な道化の仮面にも見えた。

 この男は、嘘ばかりを口にしている故。


 領主からは『嘘』『虚栄』『執着』『嫉妬』が、その身のうちにとぐろを巻いているのを感じた。もくろみが失敗し、余と対峙している今、『焦燥』も。そのような感情を一切合切隠し、汗ひとつ掻かず笑顔を保っている点は感心に値するが、無論それを賞賛しに来た訳ではない。

 余は、かつてリタにさんざん口酸っぱく忠言されていた『立派な振る舞い』をさらに意識しつつ口を開く。

「言うまでもないが、余の屋敷に働く人間をいかなる理由であろうとも奪うことは許さぬ」

「そのようなことをしでかすほど、私は愚か者ではありませんよ」

「その言葉を今は信じよう。ただし、二度目はないと心に留め置いてもらえるな?」

「おっしゃることに覚えはありませんが、忘れぬようにいたしましょう」

 そこで会談は終わりかけたが、「旦那様」とルドルフより差し出された紙を受け取った余は「ああ、忘れていた」とそれをテーブルに置き、領主の手元へと滑らせた。

「こちらは……?」

「昨日商人に頼んでいた品々なのだが、当の本人は残念ながらもう人としての正気を保ってはおらぬ故、それらが手に入る当てを失くしてしまった。別の商人を探さねばならぬのだが、よき心当たりがあれば教えていただきたい」

「……左様でしたか。では、当家で懇意にしている商人を紹介させていただきますよ。ここに書かれているものはすべてご用意出来る筈です」

「ああ、そうしてもらえるか」

「では、早急にそちらへ伺うよう手配いたしましょう」

「それはありがたい。領主が推薦する商人であれば、余としても信頼がおけるというもの。――それともうひとつ」

「何でしょう」

「元商人は、何者かに命ぜられ拐かしを企てていたが、我が館のメイドの美貌に目がくらみ、雇い主には届けずおのれのものにしようと画策しておった」

「……そうでしたか」

「そのような下種な経緯のせいで余も逆上してしまってな、きゃつには解けることなき術をかけた上、本日この訪問に合わせて連れて参った。これは我が屋敷での事ではあるが、ぬしの領地で行われた不届きな行為でもある故、そちらにその処遇を委ねたいがよろしいか」

「ええ、もちろん」

「男の身柄は既にそちらの執事に引き渡してある。誘拐未遂の件はぬしに関わりがないということであるが念のため伝えておこう。余は一族の中では比較的穏健な方ではあるが、ひとたびことが起きようものなら決して容赦はせぬ。むろん、こちらから仕掛けることもないが、そのように心していただけるな?」

「……それも、忘れぬよう留めておくといたしましょう」

 穏便に済ませられることは穏便に運ぶのが一番。されど、虚仮にされたままでは余のみならず、家令をはじめ、余に仕えるものたちの溜飲も下がらぬ。

 余は、皮肉という名のスパイスをたっぷり掛けた言葉を、領主に差し出した。領主も、それを笑顔のまま受け取った。

 伝えるべき言葉をすべて伝え、言葉上では友好的に、この訪問の幕を下げた。


 帰りの馬車内で、ルドルフはいまだ怒りがおさまらぬ様子であった。

「旦那様には嘘など通じないというのに、分かっていてあの態度だとしたらふてぶてしいにもほどがあります」

「まあ落ち着け」

「落ち着いてなど、」

「怒りは視野を狭めるぞ。真に怒りを発露すべき時にはもちろんそうすべきだが、今はその時にあらぬ」

「……そうおっしゃるあなた様がまだそのようにお怒りですので、いささか説得力に欠けるとは思いますが……」

 左様。余は、怒っている。昨日、商人であったあの男がサラの手を掴み脅かした時からずっと。

 それはサラへのプレゼント選びの最中や皆で楽しく過ごした宴ではいったんなりを潜めていたが、完全に消えていた訳ではない。氷の張った下に流るる川の流れや薪の熾火の如く、静かに、されど確実に生き続け、元商人への取り調べとこの訪問にて息を吹き返した。

 余は馬車の窓を開け、意識的に呼吸をする。細く長く。幾回か繰り返せば、新鮮な空気を取り込むことにて冷えた怒りは、ふたたび小さく縮こまった。

「――サラにも、話を聞かねばならぬな」

「ええ。気は進みませんが」

「ほう、ぬしでもそのようなことがあったか」

 余の戯言に、家令はじろりとこちらをねめつけた。

「私にとって、サラは年の離れた妹のような存在ですから。あなた様と違う感情ではありますが、大事に思っておりますよ」

「……余と違う、とは」

「それを言わせますか?」

「あ、いや、」

「やっとご自身の感情に名前が付いたようで何よりです。……とはいえ、クラウス様はどうも今ひとつサラの気持ちを十分にご理解されているとは思えないのですよね……」

「今、なにやら悪口を言われたことは理解出来たが?!」

 余が憤慨すると、ルドルフはふっと笑みを浮かべた。

「領主と商人に対する怒りは、とりあえず一旦忘れられましたね?」

「……ああ」

「では、そのまま屋敷に戻りましょう」

「うむ」

 まこと、あっぱれな手腕である。

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