19.
麓の村より贈られた特産の葡萄酒にて、皆で乾杯をした。初めてそれを口にしたサラは苦き薬でも飲まされたかの如く渋い顔をし、「……これをおいしいと思う皆さんはどうかしています」と言う発言にて大いに周囲を笑わせた。
料理長はサラの好物をこれでもかとテーブルに並べ立てた。サラはそれらを一つ一つ食べては「毎日誕生日ならいいのに!」と幼き感想で破顔し、めったに表情を崩さぬ家令を噴き出させることに成功した。
歌の上手なメイドと弦楽器の演奏が得意な庭師が、見事に調和した歌と演奏をサラへと贈った。美しくゆったりとした曲や、テンポのよい、収穫祭にて披露されることの多い曲など数曲披露し、それに合わせて陽気なものたちが愉快なダンスを披露した。
余も一つ演奏に合わせて歌を、と張り切っていたのだが、立ち上がったところで後ろに控えていた家令に袖を引かれ、「旦那様のお声が大変よろしいのは私どもも承知しておりますが、僭越ながら以前に聴かせていただいた歌唱は、その範疇ではなかったとお伝えいたします」と小声で伝えられ、そのまま大人しく座り直さざるを得なかった。
皆が笑っている。楽しそうに、いまこのひとときを分かち合っている。吸血鬼も人間も垣根なく、ひとつの部屋の中にて、同じものを食し、同じ酒を酌み交わして。
まこと、楽しき宴、良い夜である。
食事が済むと、事前に用意していたであろう贈り物――仕事中に付けられるような小ぶりの髪飾りや、細かなレース飾りをぐるりに施したハンカチなど――がメイド仲間よりサラへと渡り、いよいよ余が披露する段となった。
「ルドルフ、カーテンを開けよ」
「かしこまりました」
誰にも告げずに用意していたそれが、カーテンを大きく開けて皆の眼前に現れる。すると、一同はどよめきを持って迎えてくれた。そして。
「わあ……!」
サラは席から立ち上がり玻璃まで歩むと、余に拾われ空を飛んだ時と同じ目の輝きにて、飾りを施した樅の木を見つめた。その反応に満足しつつ、余も横に並ぶ。
「これ、全部クラウス様が……?」
「うむ。余が飾り付けた」
「お一人で?」
「皆、忙しくしていたのでな。――こうした贈り物は、誰かに頼らずにするのがよいのであろう?」
余がおどけて胸を張りそう答えると、サラはくすりと笑う。
「こんなに奇麗なものをありがとうございます! あ、見てください、木のてっぺんにお星様が」
ひときわ強く輝く星が一つ、ちょうど樅の木の天辺を飾る如くに瞬く。
「なんて素敵……」
「そうか。そう言ってもらえると、余も張り切った甲斐がある」
「……ところでクラウス様、なんだかお顔の色がいつもより白いようですけど……」
「ぬしの気のせいではないか? 余の顔色はもとよりこのようなものであるぞ」
そうしらを切り、灯り差す方より顔を背けるもサラは追及の手を緩めなんだ。ドレスの裾をつまんで大股で余の正面に立ち、下から覗き込むとぎゅっと眉をひそめる。
「いいえ、昨晩クラウス様のお部屋でお茶をいただいた時よりずいぶん白いです」
「……」
いまさらそっぽを向いても、どうやら一足遅かったようである。そしてさっと伸ばされた手にこちらの手を取られ、まじまじと検分されてしまった。
「指先もとっても冷たい」
「……」
いまさら指を握りこんでも、やはり遅かった。
「教えてくださいクラウス様、この飾り付けにどれほどのお時間を掛けてくださったのですか」
「……夕刻、日が落ち宴が始まるまでの時間じゅうである」
「そんなに?!」
サラは目を丸くして驚くと、パタパタと部屋を出て行き、膝掛けやら毛布やらをいくつも手に戻ってきた。そしてその全てをどさどさと余に着せ掛けた。
「そのようなものは要らぬ」
白き縁取りのされた赤の毛布を拒否すれば、化粧にていつもより迫力のある目が余をじろりとねめつけた。
「だめですよ、いくら人より丈夫な身体をお持ちだからって、真冬に何時間も外にいた方に拒否する権利なんてありません!」
サラは着ぶくれた余の背をぐいぐいと押し、席に着かせ、料理長に言ってあたたかきスープを用意させ、それを飲ませた。たかだか数時間外にいた程度で倒れたりはせぬが、確かにスープは余の腹も指先も温めてくれた。
せっかくの祝いの席であるのに、張り切りすぎて叱られてしまったな、と思っている余の耳に、「……でも嬉しいです。私のために、ありがとうございます」という、桜貝の如くかわいらしき声が心地よく響く。
「では来年も、この飾り付けをしてよいか?」
「もちろんです! ……けど、今度は一人でなさらないで、みんなでやりましょう。その方が早いし、きっとその方がうんと楽しいです」
「うむ」
「約束ですよ」
「ああ」
「本当に、もうお一人でなさっちゃ駄目ですよ」
「分かっておる」
「本当かしら……」
「ぬしも余の扱いが皆に似てきたな?!」
この会話の間、いつもであれば無粋かつ的確に水を差す家令も、働き蜂の大群の羽音に引けを取らぬほどおしゃべり攻撃が得意なマリアも、また他のものたちも決して口を開かず、一様に笑いを堪えるような顔つきにてこちらを見守るだけであった。
何も言われてはおらぬ筈であるのに妙にむずむずした心地になったのは、いったいなぜであろう。
すぐに片付けんと思っていた樅の木飾りは、「もったいないので、もうすこし飾っていてはいけませんか?」というサラの遠慮がちな言により飾り付けの期間を延長することとなった。
家令より「もう幾日かで新年ですから、そろそろ……」と言われるまで、樅の木はそのままひと月ばかり我らの目を楽しませてくれた。
これが、今で言うクリスマスツリーである。
ついでに言ってしまえば、毛布にて着ぶくれた余の姿が、天を飛ぶ姿と相まって、赤白好好爺の外見を決定づけたのは言うまでもない。
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「旦那様、『自分がサンタクロースのモデルになったものである!』って名乗り出なくてよろしいのですか?」
「よい。そのようなことを喧伝せずとも、ぬしと屋敷のものと、麓の人間は知っている。それで十分である」
「……本当は、赤い服を着たまるまる太ったおじいさんと一緒にされるのがいやなんですね」
「それもあるが、」
「?」
「本当の余の姿を、ぬし以外に見せる必要がどこにある?」
余は、フクロウの如く『ホウ ホウ ホウ』などと啼きはせぬ。
満面の笑顔を誰彼かまわず振りまきもせぬ。
血色の良い顔もたっぷりとした白髭も持たぬ。
人間の子らを喜ばせぬ。
されど、ぬしは余がいい、と言う。
それだけで、十分である。




