18.
余は、こうした時いつも『リタならばどうするか』と己の心に問う。果たしてこれは自分一人で考えたとするか否か判断に迷うところではあるが、これ以上いたずらに時間を掛ける訳にもいかぬしよきアイデアも思いつきそうにない故、苦渋の決断である。
余の問いかけに、心の中のリタは『簡単ですよ旦那様』と実に頼もしい返答を即座に寄越した。とは言えこの時点ではまだ何も思いついておらなんだ故、なにかないかとふたたび部屋を歩き回りつつあれこれ見渡していた折、ふとカーテンと玻璃の向こうでたっぷりと日差しを享受しているであろう庭の木のことが頭に浮かんだ。こうなると、もうリタの独壇場である。
『木に飾り付けをするのはいかがです? 商人からの贈り物や、包装に使われていたリボンがあるでしょう。あれを利用してくださいな』
なるほど、それならば高価ではないしサラの目をきっと喜ばせよう。
無事に妙案を得た余は、日の光が寝静まるまでのその時間を利用せんと考え、祝宴の準備に忙しい皆の邪魔をせぬよう一人静かに、されど浮いた心持ちで、ある部屋に向かった。
ドアを開けると、部屋を埋め尽くす勢いにて並ぶ棚に、皿や壺、絵画などがずらりと陳列されているのが見える。ここは、商人や麓の村から贈られた物品を一時的に保管している部屋である。
我が邸の使用人らは皆高潔な精神の持ち主であるが故、この部屋の物を横流しなどせぬし、また余も使わぬまま埃にまみれた状態で捨て置くような真似はせぬ。必要なものは必要な時に用い、使う機会がないものは年に一度皆に見せた上で欲しいと手を上げた者に渡すことにしており、皆もそれを楽しみにしていると聞く。そして、ここでも引き取り手の現れなかった物に関しては商人を通じ手放していた。
多くのものは既に開封済みで外装も取り払われているものの、昨夜の不届き者からの山は未だ手つかずで置かれたままであった。あやつの振る舞いは万死に値するが、贈られた物たちに罪はない。あの者の巻き添えとなり、中身をろくに確かめられぬまま捨てられてしまえば、そうとは知らずに作った職人も丹精を込めて作られたであろう品も不憫である。
己の爪で傷つけぬよう、慎重にリボンや包みを解く。最初に開けた箱の中身は、とても薄い玻璃のグラスであった。今夜のサラへの贈り物としては今ひとつぴんとこなかったので箱にもどしたが、均一の厚み、そして色ガラスにて施された装飾が美しい。
これは争奪戦になるかも知れぬ、と余は一人で微笑んだ。
こうして一つ一つを開けて確かめリボンをあらかた集め終えると、陳列されたほかの贈り物からも使えそうなものをより分けた。
これらの作業は、余の心をうきうきとさせるのに大いに役立った。夜が待ち遠しいなどと思うのは、一体どれほどぶりのことであろう。
太陽はそんな余の心を弄ぶ如く、牛歩の歩みにてじりじりと天を動く。じかに見ることなど到底かなわぬ故、カーテンを開き太陽の現在位置を確かめるかわりに時計を検めていたが、「お館様、いくらそうなさっても時間は速くは過ぎませんよ」などと家令に苦言を呈されるほど、余は執務の合間に幾度も時計を眺めていたようだ。
飾り付け用の物品の確保を済ませたのち昼食をとり終え、執務をし、三時の紅茶をとり終え、執務をし、この日余が主としてすべきことは全て終えた。それでもなおしぶとく日の光は山裾にしがみ付いている。なんと往生際の悪いことよといっそ感嘆したいほどである忌々しきその光の気配が完全に沈みきった頃合いにて、余は満を持して自室の玻璃を開け庭へと降りた。
飾りつけるのは、庭で一番大きな樅の木と決めていた。あれならば、後ほど夕餉を皆で囲む広間からよく見える故。そして、長いはしごを用いたとしても人間には届かぬ高さの枝も、余であれば軽く飛んで難なく飾ることが出来る。実にうってつけだ。
リボンは、夜の闇に馴染むものを避け、目にも鮮やかな赤、それから金色を用いた。本来であれば日の光に当ててその輝きを目で楽しむ『サンキャッチャー』なるガラスの玉も使った。昨日来た者とは別の商人より以前贈られた物品なのだが、あいにく余は本来の使い方が楽しめぬ故、木の装飾に使うこととした。いざ飾ってみると、館内より漏れ出でたる灯りと今宵の満月の月明かりにて、ガラス玉は柔くちりちりと輝いている。風が吹けば、反射した光が雪の上にも散った。
これはこれでよいな、と独りごちた。
飾り付けをしている間に雪が降り始め、飾りの追加の如く樅の木のところどころに積もる。リボンとガラス玉だけでは寂しいかと思っていたのでちょうどよい。天も、サラの誕生日を祝っているのだな。
その思いつきは、余にしてはなかなか上出来だった故、使用人や家令に自慢してやりたくなった。
時折、積もりすぎた雪を払いのけ、リボンの巻き具合を直し、そうこうしているうちにいよいよ宴の刻となった。出てきた時と逆の手順にて自室へと戻り、皆が揃ったところで余を迎えに来た家令と共に、広間へ向かうと。
笑みながら振り向いた美しき女が、余の心を矢のごとくまっすぐに射貫いた。否、この者の眼差しに、余はもう幾度も射貫かれている。
美しき女――サラは、真白き雪の精かと見まごうほどに可憐かつ麗しく装っていた。ドレスは汚れなき魂をそのまま具現化した如くにひたすら白く、光沢のある生地がとろりと艶やかに輝いている。髪はゆるく編まれて片方に流す形でまとめられ、頬と口紅は華やかに彩られ、いつもとはまるで印象が異なり女神の如き近付きがたささえ感じるが、はにかむとよく見知ったサラであるのが実に不思議で目が離せぬ。
「私が成人の祝いの際に着たものがまだ残っておりましたので、サラにゆずりましたのよ」と、マリアが得意げに告白したのを余は上の空で聞いた。
「……旦那様?」
余は、『そうか』『うむ』などといった、他愛のない相づちさえ打てずにいた。
マリアに怪訝な顔をされ、サラには不安げな顔をさせ、あくまで無粋きわまりなき余に、我が屋敷の優れた家令は「クラウス様、いつまでも見とれていないでサラに何か言うべきことがあるのでは?」と助言を耳打ちした。でなけば、余はまだもう少し、己の気が済むまで呆けていたことであろう。
ごほん、と喉はなんともないのに空咳をし、それから余は「……とてもよく似合っている。どこの美しき令嬢かと思ったぞ」と重々しく、かつ正直に述べた。
「……ありがとうございます」
サラは、今すぐに庭の木々の全てが一斉に芽吹き花が咲き乱れるのではなかろうかと思うほどに魅力的な笑みでそう答えた。
そして、余とサラは見つめ合った。
言葉なぞ要らぬ、いまこの二人のこの時には不要である。
そう符丁でも交わしあった如くに。
今少しの間そうしていたかったが、やはり無粋な家令の「旦那様、そろそろ宴の始まりのお言葉をいただきませんと……」という言葉にて、濃密な時はあっさりと破られた。




