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17.

 

 いつものマリアであれば働き蜂の大群もかくやという勢いで余を完膚なきまで言葉の針にてやりこめるかと思われていたしまた余もそれを覚悟したが、この時ばかりは偽物めいた聖母の笑みを浮かべただけであった。

「あら、あらあらあら! とうとうですか旦那様!」

「なにがとうとう、だ。誤解するでない、これは、――確かめていただけだ」

「何をですか」

「サラが、先ほどのことで熱を出していないかを、である」

「あら、なんだそうだったんですか……まったく、往生際の悪い」 

「……ぬしは今、何か余に対し不名誉な発言をしなかったか」

「いいえ、至極まっとうな意見ですよ。さ、どうぞクラウス様もおかけください。――いいからサラも立ち上がったりしないで、そこに座って。いま二人にお茶が入りますからね」

「いえ、そんな、私は……」

「旦那様が『サラにお茶を』って所望してたんだから、あなたも飲まないと。ね?」

「……はい」

「それにしても、こんな鈍い人相手じゃ大変でしょ?」

「……がんばります」

「聞こえているぞ!」

「いくら聞こえていても、意味が分かっていなければ聞こえたうちに入りませんからねえ」

「ま、マリアさん!」

「いいのよ、少しくらいきつく言っておかないと『なにやら本日マリアは機嫌が悪いようだ』でなんでもおしまいになさるんだから!」

 今まさにそう思っていたのでぎくりとしてしまったではないか。

 正直に顔に出してしまった余を見て呆れ顔になった後、マリアは憂いた表情にてため息を細く吐いた。

「それにしても、一七になる誕生日にこんな目に遭うなんて、サラも運が悪いわねえ」

「なに!!」

「わ、びっくりした、旦那様急に叫ばないでくださいな、お茶がこぼれちゃうところでしたよ」

 余は、マリアからの苦情を無視するかたちで、サラに向き合った。

「本日、ぬしは誕生日なのか」

「ええ、まあ。正確には、先ほどのあれは誕生日前日に当たりますが」

 日を跨ぎましたので、と言われて時計を改めれば、このドタバタの間にサラの言った通り新たな日を迎えていた。

「では、あのことを払拭するためにも、皆で今宵は夕餉を囲み、サラの誕生日を祝うというのはどうだ」

 余がそう提案すると、サラもマリアもぽかんとした顔をしている。余は、己がひどく見当違いの提案をしたらしきことに気付き、発言を大いに恥じた。

「いやなに、今日でなくとも……、それに当の本人に予定があるかもしれぬしな……」

 余が苦し紛れにもごもごとそう言うと、サラは即座に反応した。

「いえ、予定はありません! ……ちょっと、嬉しくて胸がいっぱいで、すぐにお返事できなかっただけなんです」

「では、祝ってもかまわないか?」

 余が確認すると、サラは「もちろんです!」と興奮した様子で何度も大きく頷いた。

「じゃあ私は、就寝する前に料理長と家令にその旨を伝えて参りますわ。サラ、楽しみね!」

「はい!」

 マリアは余とサラへ茶を入れるやいなや、すぐに踊るような足取りで部屋を出て行った。マナーも何もあったものではない。

「……我が屋敷のメイド頭は騒々しいな」

「でも、明るくていつもみんなに優しくしてくださいます。もちろん、私にも、とっても」

「うむ」

「……私の誕生日をお祝いしてくださるってクラウス様に提案していただいて、すごくすごく嬉しいです」

「それでは、まずは余がこの紅茶にて皆より一足先に乾杯をしてもよいか?」

「……『紅茶で乾杯するのはいかがなものかと』って、ルドルフさんに叱られませんか?」

「なに、今ここに口うるさい家令はおらぬのだから、余とぬしの秘密にすればよいだけの話だ」

 余の言葉に、サラも「そうですね」と笑う。

 二人して、紅茶のカップを酒の注がれたグラスの如く持ち上げ、ふちとふちをごく軽く合わせた。水晶が生まれる時、このような音がするのではないかと思うような、清冽な響きが微かに広がる。

「……サラの誕生の祝いと、これからの幸せを心より願って」

 熱い紅茶は食前酒のように一息に飲み干すことなど出来ぬが、二人きりでの乾杯は、花火にも負けぬ輝きでもって、余の心を楽しませてくれた。


 サラが『それでは、私もいったん休んで夜に備えます』と飲み終えた茶器の載ったワゴンを押しつつ嬉しそうに退出してから、余は袋小路に追い詰められた野良犬の如く、ぐるぐるとせわしなく部屋の中を歩き回った。

「……何をなさっているのですか」と、いつの間にやら入ってきていた家令が呆れ顔で余に問うまで。

「朝餉のお時間ですが、お館様におかれましてはお取込み中でいらっしゃいますか」

「おお、よいところへ来た。ぬしに聞きたいことがある」

「どういった御用向きでしょう?」

「本日の夜、サラの誕生日を祝す会を開催する旨は、マリアから聞いていような?」

「ええ、もちろんです。それがなにか」

「余からサラへ贈る品について考えていたのだが、ぬしは宝石と金貨どちらがよいと思うか?」

「旦那様」

「宝石は誕生石がよいかそれともダイヤモンドの方が価値が高くてよいだろうか。金貨であれば幾枚が喜ばれよう? さっぱり見当が付かぬな……」

「旦那様」

「なんだ」

「……親しい者の誕生日のお祝いは、そのように吸血の際の謝礼と同等にしてはなりません」

「そうなのか!」

「はい。心を込めて贈り物をしてください。何がサラに似合うか、何なら喜ぶか、よくお考えくださいね。金貨や宝石などといった、ただいたずらに高価なものは贈ってはなりません。いいですか。さ、まずは朝食を。食堂へ参りましょう」

「……」

 幼き子どもに言い含める口調でそう告げられ、余は朝餉の待つ食堂へと体よく追い立てられた。


 家令は、余の間違いを正しはしたが、『それを言ってしまえば、旦那様の贈り物にはなりませんから』と具体例は示さずじまいであった。

 つまり、何を贈ればよいのかさっぱり分からぬ。

 ぐるぐる歩き回っている時よりも、なおいっそう袋小路に追い詰められた気分である。


 余が人間の女と接するなぞ、数ヶ月に一度程度の吸血行為のみと言って過言ではない。その際に、人間の女への贈り物――謝礼ではなく――や、気の利いた会話、といったものなぞをしたことは一度たりともあらず。つまり、何を喜ぶかなど考えたこともない。――まあ、吸血女とも、そのような付き合いをしたことはないのだが。

 今まで読んできた物語の中ではどうだったであろうかと、余は記憶の羽を大いに羽ばたかせる。

 そして、ケーキ、花、ハンカチ、詩などが贈られていたなと思い出した。

 されど、夕餉までの短き時間にて、イニシャル入りのハンカチなぞ用意できぬ。ハンカチが仮にあったとしても、余は刺繍の技量なぞ持ち合わせてはおらぬし、そもそも針も糸も所有しておらぬ。

 詩は、――――かつてリタに教わり作ったこともあるが、「海に棲む蛸の墨よりも黒き瞳」「なめくじのごとくつややかな唇」と綴ったものは、『クラウス様、センスがないのですねえ…………』とリタになにやら遠い目をされ、以来一つも作ってはおらぬ。

 そしてケーキは、おそらく料理長が腕を振るってこれから製作するであろう。余の出る幕ではない。

 残るは花であるが、それを丹精に育てるのは庭師なのだし、切って渡したところで余の贈り物とは言えぬであろう。そもそも、本格的に冬にさしかからんとしているこの時期に咲く花なぞ、我が屋敷にはない。


 困った。実に難題である。いったいどうすればよいのであろうか。

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