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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

怪異や妖怪が出てくる短編

水鏡

作者: 大田牛二

「ふわあ」


 首藤ヒイラギは欠伸をしていた。今日は蓮田高校の始業式である。そのため全学年の学生が体育館に集まっていた。


「おいおい眠そうだな」


 友人の羽吹ハギが後ろから話しかけてきた。


「まあね……昨日の仕事が長引いちゃってね……」


「ああ、事故物件の仕事だろ確か」


 そう、昨日のバイト先である事務所での仕事の内容が事故物件で起きている怪異についての調査であった。そのため昨日一日、事故物件で泊まらされて調査することになった。


(それで地縛霊が出てきて本当に大変だった……)


 まだ強力な地縛霊でなかっただけ良かったが、地縛霊を成仏させるのに時間がかかり一睡もできなかった。


 首に特別に巻くことの許されているマフラーを撫でる。


「明日は始業式だからって言ったのになあ」


「本当、あの人って人使い荒いよな」


 ハギの言葉にヒイラギは頷く。


「本当だよ」


 ヒイラギはため息をつく。つい最近、()()()()()()()()()、新たな身体を得るために上司であるゲッケイジュに骨を折ってもらったため逆らうこともできない。


「そこ、私語を慎みなさい」


 そこに女性の声が聞こえた。


「げっカエデだ」


 ハギの反応にカエデが目を尖らせる。


「何が、げっよ、あんたらが私語しているから私は……」


 そこまで言って周りの目に気づき、彼女は黙る。


 彼女の名前は糸川カエデという。同じ事務所でバイトしている仲である。ヒイラギは申し訳ないという風にするとカエデは仕方ないわねという表情を浮かべる。


「カエデを怒らせないでくれよ」


「わかってる。わかってる……」


 ハギはそこまで言ったところで、目を細めた。


「どうした……」


 ヒイラギは彼の視線の先を見ると、始業式で生徒会長である佐藤孝介がスピーチするところだった。


「生徒会長の死相が見える……」


「死相……」


 ハギの言葉にヒイラギはまじまじとスピーチを始めた佐藤を見る。その瞬間、佐藤の首に切り込みができた。


「なっ」


 佐藤の首から血が噴き出していく。それに驚き、止めようと佐藤は首元に手を当てようとするが、切り込みは段々と大きくなっていき、遂には首が取れた。


 そのまま首が床に落ちて転がり、首を失った身体から大量の血が噴き出しながら倒れ込んだ。


 体育館に絶叫が木霊する。教師たちは動揺する生徒たちを落ち着かせ、体育館から立ち去らせていき、一部の者は警察へと連絡する。


 そんな中、蓮田高校の校長にして、蓮田小学校、中学校、高校、大学の創設者である黄金崎マーガレットが自分たちを手招きしていた。


「嫌だな」

 

 また、変な事件に巻き込まれそうである。


「そうも言ってられないでしょ。普通の学生生活を与える代わりに蓮田学園で起こった事件の解決に協力する。それがゲッケイジュさんが私たちのために結んだ契約なんですから……」


 カエデはそう言ってマーガレットの元へ向かっていく。


「行こうぜ」


「ああ……」


 ハギの言葉を受けてヒイラギは首元のマフラーに少し触ってからクラスメイトに気づかれないように向かった。


「全く、困ったものよ。私の学園でこんなことが起きるなどあってはならないのです。早く解決なさい」


 マーガレット校長は見下しながら


「できる限り善処しますよ」


 ヒイラギはそう答えてから佐藤の遺体の傍で屈み、手をかざしているハギに近づく。


「どう?」


「『なんで……どうして……』これしかわからない。一瞬すぎて何か考えるほどの余裕がなかったんだろうな」


 ハギは舌打ちする。彼が言った『なんで……どうして……』という言葉は死んだ佐藤の最後の言葉である。なぜ、彼がその佐藤の最後の言葉を聞くことができるのかと言えば、ハギが妖鳥・以津真天の半妖の子孫だからである。


 以津真天は鎌倉から戦国時代にかけて現れた妖鳥で、「いつまで~」という鳴き声をし、放置されている遺体の周りを飛んでいたという。


 ハギはその妖鳥の力こそ薄まっているが、死者の言葉を聞くことができる。しかし、今回の死者である佐藤は死ぬまで無念を残すほどの強い意思を持った状態で死ななかったため、死の間際の言葉しか聞き取れなかったようである。


「ねぇ流石に何かの妖怪や怪異によるものではないわよね。この辺りの浮遊霊にこれほどのことができるとは思えないし」


「それだったら俺たちももっと早く気づけているはずだからな……」


 カエデの言葉にハギは答える。


「じゃあ呪いによる呪殺だろうか?」


「恐らくそうだ。僅かに呪力を感じる。しかしこんな首に刃物で切られたような跡を残しながら殺す呪いというものを聞いたことも見たこともない……」


「ハギがわからない呪いの可能性もあるのね。情報が足らないわね」


 自分はこういう手合いでは無力であると思いながらカエデは唸る。


「そろそろ時間よ」


 そこでマーガレットが言った。


「警察が来るわ。生徒に遺体をまじまじ見せているなんて知られたら学園の評判に関わる。さっさと戻りなさい」


「わかりました」


「早く解決なさいよ。そのためにあなたたちを置いてあげているんだから」


「わかってます」


 ヒイラギは二人を連れて体育館から離れた。


「くそ、あの校長め……」


「まあまあ」


 ハギは体育館を離れてから毒づくのをヒイラギは落ち着かせる。


「しかし情報がなさすぎるわ。『なんで……どうして……』という言葉と首を刃物で切られたような跡があるというしかない」


「最後の言葉からわかるとすれば、驚きの感情が強いって感じかな」


「自分が死ぬってなったら誰でも驚くでしょう……全くわからないわね」


 三人がそう会話しながらクラスへと戻る途中、別のクラスから女性が泣いているのを周りがなだめているのを見つけた。


「あれは?」


「確か佐藤君の彼女の安藤夏江さんじゃない?」


 黒髪が印象的な女性である。その彼女が佐藤の死を悲しむように泣いていた。


「絶対に仇を取らないとな……」


 ハギはそう呟いた。











「で、俺にアドバイスを求めに来たと?」


 事務所のデスクの前に三人は並んでいるのをゲッケイジュは見ながらそう言った。


「今回、あまりにも情報がなさすぎて、恐らく何らかの呪いを使ったものだと思っているんですが、どんなものなのかは……」


「当たり前だ。流石の俺でも呪いの内容に関してはお前たちが知った情報だけで知るには足らなすぎる。それよりもお前たちはその佐藤とやらが恨まれるような類のものは知らないのか?」


 確かにあの奇妙な状況を作り出すものにばかり考えが至っていたが、なぜ彼が殺されることになったのかを考えてはなかった。


「佐藤は生徒会長として責任感があり、生徒会長を選ぶ際での選挙でもぶっちぎりで当選するほど、信頼もされていたと思いますね。真面目で勉強も運動もできる人だったと思う」


 カエデはクラスでは委員長を勤めているため、佐藤とは会話したことがあり、彼の人となりは知っていた。


「金銭関係は?」


「彼の家は裕福で、金で困っているような話は聞きませんし、金の貸し借りをしているような話も聞きません」


「交友関係は?」


「友人は多いですね。仲が悪いという人は聞いたことはありません」


「女性関係は?」


「恋人に安藤夏江という子がいるのは知っているけど……」


 ヒイラギがカエデを見る。


「安藤さんとの仲は良かったと聞いているわ。安藤さんも真面目で勉強のできる子よ」


「ふむふむ……恨まれたりする要素も無い……そんな男が呪いという形とは言え、殺されることになったか」


「う~ん調べようが無いってのが本音じゃないですか。これ」


 ヒイラギがそう言う中、ゲッケイジュは難しい顔をしつつ、ハギの方を見る。


「僅かに呪力は感じたんだんだよな?」


 ゲッケイジュの質問にハギは頷く。


「ということは丑の刻参りのような遠隔による呪いの可能性はあるな。しかし、丑の刻参りの場合は段階を踏んでいく呪いだからなあ……そもそも今回の呪いは即効性が強すぎるな……」


 彼はそう呟くとカエデに聞いた。


「何日か前から調子を崩しているとかは無いのだな?」


「いえ、そう言う話も聞いたことありませんね。始業式の時も顔色が悪い感じはしませんでしたし」


 ゲッケイジュはそれを聞いて黙り込む。遠隔で呪いによる呪殺を行っているため丑の刻参りのようなものと考えたが、今回は対象者を呪殺までの流れが早すぎる。


「呪いによる呪殺は強力なものでも時間をかけるのが多いのはなぜだと思う?」


「確実に殺すためではないでしょうか?」


「違う。『人を呪わば穴二つ』と言うだろう。人を呪えば、その呪いは自分にも向かう。それだけリスクがある行為なんだ。呪いをかけるという行為はな。まあ人ってやつは他者を呪わなければならない性分でな。そのリスクを少しでも軽減するにはどうすれば良いのかと考えるのだ。丑の刻参りが有名なのはその0呪殺におけるリスク軽減に成功しているためであると言えるだろう」


 ゲッケイジュの言葉にハギは言った。


「確かに丑の刻参りは色々と準備するものや実行するまでルールが課せられていますからね。何より、何日も行うにも関わらず、それを人に見られてはならないというきつい縛りがある」


「そうだ。それほどの厳しい条件をクリアしておきながら丑の刻参りは時間をかけている。しかし、今回は明らかに一撃必殺に近い呪殺だ。これはリスク軽減を目指して作った呪殺の類とは違うようにに思える」


「では、今回の件は呪殺ではないと?」


 カエデの言葉にゲッケイジュは首を振る。


「いや、呪殺だろうさ。恐らく今回のは本来の用途の違うものを使ったのではないかということさ」


「つまり呪殺のためのものではない何かしら別の用途のものが呪殺のために行われたということですか?」


「まあ仮説に過ぎないけどな」


 ゲッケイジュは両手を組んで顎を乗せながらそう言った。


「それで別の用途のものだったとして、それはなんでしょうか?」


「うなもん。わかるか。情報がなさすぎる中での仮説に過ぎないからな。ただ……」


「ただ?」


 カエデが首を傾げる。


「これを行った相手がこの一回で満足するのかだな……」


「つまり連続殺人になると?」


「最初の一回はお遊びか。偶然によるものだったのではないかと思う。それが成功してしまったんだ。それに恐れを抱くのか。それとも自分が行った行為に酔うのか……」


 そこまで言ってゲッケイジュは笑った。


「さて、今回の相手はどちらかな?」














 翌朝、三人は一緒に蓮田高校に向かっていた。


「ゲッケイジュの旦那は連続殺人が行われる可能性があると言っていた。本当に起こるだろうか?」


 ヒイラギの言葉にハギは眉をひそめる。


「そんなこと起こさせるわけにはいかないだろう」


「そうは言っても正直、止めようはないでしょ」


「それでもよ……」


 カエデの言葉にハギは答えつつも難しいことを理解しているのか口をつぐむ。


「ゲッケイジュの旦那はこうも言っていた。何回か行えば、逆に尻尾を掴みやすくなるって」


「それはそうだがよ」


 ハギは頭をグシャグシャにかく。


(ハギは死者の声を聞くことができるだけに肩入れが強い……良いところであり、悪いところでもあるよね……)


 しかしながらいつの間にか失った人らしさというものであろう。と、首元のマフラーを撫でながら自嘲した。もはやそれは自分が失いつつあるものだからである。


 ヒイラギたちが校門のところまで来ると校門の近くまで来ていた二人の男の姿が見えた。どちらも見覚えのある人物で、確か田中静流と佐々木次郎という名前であったはずである。


 そのうちの一人である田中がふいに首元に手を当てたのが見えた。それを見て、隣にいた佐々木は驚愕の表情を浮かべているのを見た。


 それを見たハギはカバンを落とし、二人に向かって走り出す。


 段々と田中の首に切り込みが入っていき、やがて彼の首は地面へと落ちた。佐々木は彼の血を浴びながら地面にへたり込む。


「くそっ」


 ハギは田中の遺体に駆け寄り、遺体に手をかざす。


「頼む。なんでもいい。お前が感じたものを聞かせてくれ」


 彼の言葉に答えたのか。どうか。彼の脳裏に水面が漂っているイメージが飛び込んだ。更にそこから声が聞こえた。


『なんで……君が……』


「誰かが見えたのか……」


 ハギは田中の顔を見る。驚愕の表情を浮かべていた。


「ありがとう。お前が伝えた言葉で、お前の無念を晴らして見せる」


 ハギは呟くように言って田中の目を閉じさせた。


 ヒイラギが佐々木の介助を行い、カエデはハギに近づいた。


「何か見えた?」


「水面のイメージと『なんで……君が……』という言葉を聞こえた」


「『なんで……君が……』って……」


 カエデは佐々木を見る。しかし佐々木は田中の死に動揺しっぱなしで明らかに田中を殺したとは思えない。


「佐々木ではない。田中が見ていた方向は佐々木ではなかったしな……誰かまではわからないが、田中は何者かを見たんだ。しかし、水面のイメージがわからない」


 カエデはそれを聞いて、スマホを持ってゲッケイジュへと連絡した。


『なんだ……こんな朝早くに……』


「また、同じような事件が起きたんです」


『ほう……』


 先ほどの眠そうな声から興味深そうな声に変わった。


『それで何か新しい情報があるか?』


「ハギが亡くなった者の声とイメージを見ました。声の方は『なんで……君が……』、イメージの方は水面のイメージが見えたそうです」


『対象者が実行者の姿を見ることができたということか。それに水面か……』


「心当たりがあるんですか?」


 カエデはゲッケイジュの反応にそう問いかける。少し無言になってからゲッケイジュは少し笑ったような声を発した。


『ははっ、もしかするとあの話を何処かで知って、使ったのか。面白いな』


「あれってなんですか?」


 笑うのはいつものことである。ゲッケイジュは決して善人ではないことをカエデはわかっている。


『都市伝説って信じているか?』


田中の事件に受けて再び、蓮田高校に警察が来たため、近くにいた三人は佐々木を含めて事情聴取を受けた。それが終わるとそこでゲッケイジュから電話があり、


『ちょっと取ってくるものがあるから、お前たちの学校近くの喫茶店にいろ』


 と言われていたため、蓮田高校近くにいる喫茶店に三人は集合した。


「ゲッケイジュの旦那に田中からハギが知った内容を伝えたんだろう。どうだった?」


 ヒイラギが問いかけるとカエデは答えた。


「ゲッケイジュさんは今回の事件で使われたものはある都市伝説にあるものを使ったのだろうって」


「一体、それはなんだ?」


「都市伝説にこういうものがあるの。真夜中に剃刀を咥え、洗面器一杯に張られた水面を覗くと、そこに未来の結婚相手が映るというものが」


「聞いたことあるけど、詳しくは知らないなあ」


 ヒイラギがそう言ったため、カエデはゲッケイジュから聞いた詳しいその都市伝説の内容を伝えた。


 真夜中に剃刀を咥え、洗面器一杯に張られた水面を覗くと、そこに未来の結婚相手が映るという都市伝説を知った一人の少女がいた。その少女は夜、その噂を確かめようと実行に移した。


 深夜、風呂場に行き、洗面器に目一杯の水を入れて、口に剃刀を咥えて洗面器の中を覗いた。すると自分の顔が映るはずのその水面に、なんと知らない男性の顔が浮かび上がった。


 元々面白半分で、やった少女は本当に人の顔が写ったことに驚いた。そして思わず、口に咥えていた剃刀を落とした。


 剃刀が水中に落ちると、気味の悪いことに水面が赤く濁った。再び驚いた少女は洗面器の水を捨てるやいなや、部屋へと駆け出したという。


 やがて十数年後、少女も大人の女性となっていた。


 あの日の記憶は中学、高校、大学までの学生時代の楽しい思い出に追いやられ、また近頃は、仕事の忙しさの為に、思い出すこともなかった。


 そんな或る日、女性にお見合いの話が舞い込んだ。母親から勧められた相手の条件を気に入り、また相手も彼女に会いたがっていた為に、女性はお見合いを受けることにした。


 会って見ると、相手の男性は優しそうな良い人だった。しかしながら男の口には大きなマスクがあった。


(こんな席でどうしてマスクなんかしているのかしら、もしかして風邪でも引いているのかしらね)


 彼女は気になりつつも、そのうちマスクを外すだろうと思い、二人は次のデートの約束までした。


 一週間後、二人はデートをした。しかしながら男性は一週間経ったにも関わらず、相変わらずマスクを付けてやってきた。そのため女性は言った。


「デートの時くらいマスクを取らないのですか?」


 すると、男は、


「何を見ても怖がらないのであれば、いいですよ」


 と言った。何を言っているのだろうかと彼女が思っていると、男はその大きなマスクをはずした。


 彼女は彼の顔、正確に言えば、頬を見て息を呑んだ。男性の頬には、刃物で切り裂かれたような、痛々しい傷があったのである。


 彼女は思わず、男性に聞いた。


「そ、その傷どうされたんですか?」


 すると男は一言、


「お前にやられたんだ」


 と言ったという。


「最後のオチから先がどんな風になったのかは気になるが、それ以上の話は無いのは実に残念な話だ。まあ怖い話っていう意味ではこれで良いのかもしれんがな」


 三人の元に茶色のヨレヨレのコートを身にまとっているゲッケイジュがやってきたそう言った。


「では、この都市伝説が今回の事件で行われたと?」


「恐らくな……対象者が実行者の姿を見ることができる。水面のイメージから連想ができ、かつ即効性があると考えて、これではないかと思う……それに……」


 ゲッケイジュはそう言ってから暁月市の西部にある暁月山を見て、呟く。


「雲鏡寺が近くにあるしなあ……」


 三人が首を傾げると、ゲッケイジュはこう続けた。


「元々この都市伝説を知った時、考えていたんだ。水面に落ちた剃刀によって頬に大きな傷を残すほどの影響力を与えるのであれば、明確な殺意を持って首元に刃物を突き立てれば、どうなるかってな……まさかこういう形で見ることができるとは思ってなかったがなあ」


 彼は鼻で笑う。


「つまり、今回の事件の犯人は将来の結婚相手になりうる相手を殺していったということかよ」


 ハギは吐き捨てるように言った。それに対してゲッケイジュは言った。


「結婚相手としては満足できなかったじゃないのか。ほれ、お前たち若いものはガチャを回すのが好きなんだろ。いわゆるこれもガチャみたいな感覚なんじゃないか。いいやつが出るまでってさ」


「結婚相手ガチャって……」


 ヒイラギの一言にゲッケイジュは笑う。それに対してカエデは呆れながら言う。


「それで……殺害方法はわかりましたが、犯人は特定できていませんよね。どうしますか?」


「特定は簡単だ。ちょっとした工夫をすればいい」


 ゲッケイジュはヒイラギを見る。


「今回、対象者は実行者の姿を見ることができるんだ。それを利用しない手はない」


 彼はにやりと笑う。


「呪殺の対象者をお前にして、堂々と犯人の姿を見ようじゃないか」


「ちょっとそれって、ヒイラギ君に死ねってことですか?」


「大丈夫、大丈夫。ヒイラギならな」


 ゲッケイジュはヒイラギの首元を見る。ヒイラギはそれに気づき、そっと首元のマフラーに触る。確かに()()()()()()()()()()()()()()()が……


「ここを狙うとは限りませんよね?」


「わかっている。それを狙って失敗した時のためにお前なんだ。ちょっとお前にこれを持ってもらうことで、お前を対象者として誘導しようと思ってな……」


 ゲッケイジュはカバンから鏡を取り出した。


「これは?」


「ちょっと雲鏡寺から借りてきた鏡だ」


「ああ、西部にある暁月山にある寺の……そう言えば、あそこって鏡のお清めとかしてくれるんですよね」


「そうだ。そこで清められた鏡の一つだ」


 透き通るほどの美しい鏡面をした鏡である。


「これを持っていれば、お前が呪殺対象者となっても大丈夫だ」


「わかりました」


 ヒイラギは鏡を受け取る。


(なんか霊力を感じる鏡だなあ……)


 微妙に霊力を感じる。まあ寺に清められているのだから霊力を持つこともある。


「これを持って、お前に対象者を移す魔法陣の上に寝てもらう。さあ今回の犯人の姿を拝むことにするとしよう」















 夜、一人の女性は寝室を出て、キッチンまで行くとそこから包丁を取り出した。包丁に無表情な安藤夏江の顔が写った。


 彼女はそのまま風呂場へと向かう。そして、洗面台にある父親の剃刀を取り出し、洗面器に水を目一杯入れ始める。


 この都市伝説のことを彼女が知ったのはたまたまネットサーフィンをしていて知った。最初は純粋に自分の将来の結婚相手のことを知りたかっただけであった。


 彼女には恋人がいた。佐藤孝介である。しかし彼女はその佐藤孝介との恋人生活に飽きていた。


 佐藤孝介は勉強もでき、運動もでき、社交的な人物である。しかしながら見た目が普通であった。デートもあまり面白くなく、爪を噛む癖もあるのも嫌であった。それに彼の両親は厳しそうな人で、結婚した後のことを考えると大変そうであった。


 彼女は自分にもっと素晴らしい結婚相手がいるのではないか。その人と付き合うべきではないのか。そう思うようになっていたのである。


 そこで都市伝説の通りにやってみた。すると水面に佐藤の顔が浮かんだ。


 あの佐藤が自分の将来の結婚相手……信じられない。あんな爪を噛む癖があって汚く、デートプランもろくに立てられないし、そう言えば、デートの時、車道側に立ってくれないし、店での食事も割り勘ばかり、あんな女に対しての礼儀もなっていない男が自分の結婚相手、信じらない。


 彼女は激怒し、台所にある包丁を持ってきて、水面に写る佐藤の首に振り下ろした。するとどす黒い血が洗面器から流れた。流石に彼女もこれには驚き、急いで包丁を洗って片付け、布団にくるまった。


 その翌日、始業式で佐藤は首が取れて死んだ。彼女は罪悪感から泣いた。皆が慰める中、ふとこう思った。佐藤が死んだならば、水面に写る結婚相手はどうなるのだろうかと。


 彼女は同じように夜、やってみた。すると洗面器に写ったのは田中静流の顔が写った。


 田中静流。顔は悪くない。しかしながら彼は童顔すぎるし、オタクな一面が強い。何より背も低い。彼女のタイプは背の高いイケメンである。言動もなよなよしていて、頼りがいがない。こんな男と結婚しても果たして安定した収入や生活を送ることができるだろうか。


 しかしながらこれでわかったことがある。この水面に写る結婚相手は変えることができるということである。このまま続けていけば、自分に本当に相応しい結婚相手を見つけることができるだろう。


 彼女の手に握られていた包丁が再び、振り下ろされた。


「ふふ……私は見つけてみせる。私に相応しい人を……」


 彼女は洗面器に水が目一杯入ったのを確認すると剃刀を噛み、水面を見る。そこに写ったのは……


(首藤ヒイラギ君……)


 顔は悪くない。性格も優しい、勉強も運動もそこそこできる。背も高い方。しかし……


(確か首元に大きなやけど痕があるのよね)


 そのためいつもマフラーをつけていると聞いたことがある。


(結婚相手がキズモノってありえないわ)


 姿形は完璧でなければならない。それが彼女の結婚相手に望むことである。


(恨みはないけど……)


 結婚相手に相応しくないのであれば、殺さなければならない。


「さよなら……」


 彼女はヒイラギの首元に向かって包丁を振り下ろした。












 ヒイラギは魔法陣の書かれたベットに横たわれていた。その周りにゲッケイジュ、ハギ、カエデがいる。


「まだか?」


「まだです」


 ゲッケイジュの言葉にヒイラギは答える。彼の手には雲鏡寺の鏡がある。


「ふむ、深夜に行われたとしても中々効果が出ないなおい」


「出ない方がいんですけどね」


「それじゃあ犯人がわからないじゃないか。わざわざ鏡も借りてきたし特定できないとな……」


 呆れるようにゲッケイジュがそう言うとハギはこう言った。


「もしかして犯人はヒイラギが写って、気に入ってしまったとか?」


「えっ」


「ああ、そのパターンもあるのか」


「えっ」


 ハギとゲッケイジュの会話にカエデは二人を交互に見て、ヒイラギを見る。ヒイラギは首を振る。


「いやいや無いでしょ」


「そ、そうよね。無いわよね」


(わかりやすいやつだなあ)


 カエデの様子にハギはそう思った。


「結構、こいつも顔立ちは整っているからなあ」


「冗談を……」


 そこまで言ったところでヒイラギは目の前が水面が揺らぐように動いた気がした。


「来たかもしれません」


「来たか……」


 ゲッケイジュはわくわくしたように言った。彼にとっては面白いものが見れるかもしれないのである。彼はヒイラギが持つ鏡を見る。


 やがて目の前に暗いながらも何処かの光景が見えた。そしてそこに犯人が写りこんだ。


「安藤夏江だ」


「えっ」


「あの佐藤の彼女か……」


 ヒイラギの言葉に二人が驚く中、ヒイラギは自分に向かって包丁を振り下ろす安藤夏江の姿が見えた。思わず、ヒイラギは目をつぶる。しかし痛みも何もない。


 目を開けると困惑している安藤夏江の姿が見えた。だが、それ以上にヒイラギは驚くものを見た。


 彼女が困惑してから後ずさったところで彼女の後ろに大きなものが現れたのである。その大きなものの全身は鏡で覆われており、様々なものが写りこんでおり、無機質な顔が安藤夏江を見つめていた。


 それに気づいた安藤夏江が振り向くと鏡の化身に写る何かを見た。瞬間、悲鳴を挙げた。そこで風景は見えなくなった。


「安藤が……」


 ヒイラギが起き上がりそう言った。それに二人が驚く中、ゲッケイジュは言った。


「呪い返しに成功したようだな……」


 彼はヒイラギの手にある鏡をちらりと見たあと、茶色のコートを纏った。


「お前たちその安藤とやらの家は知っているか?」


「知ってます」


「そうか。では、行ってみるとしよう」


 四人が安藤の家に向かうとそこにはパトカーが集まっており、救急車もいた。


「やはり死んだか」


「安藤は死んだんですか?」


 カエデがそう言うと安藤の家から青いカバーが被らされた遺体が運ばれていた。家から安藤の両親らしき二人が出てきて、母親の方は泣き崩れていた。


「『人を呪わば穴二つ』、それを踏まえた上で、呪いをかけてかつそれに失敗すれば、その反動は強いものになる。特に今回は縛りが緩かった分、呪い返しに使ったこれに対して対抗することさえできなかったようだな……」


 ゲッケイジュはヒイラギが持ってきた鏡を見ながら言った。


「この鏡が呪い返しにって一体、この鏡って……」


「鏡自体はなんでもないんだがなあ……」


 彼は雲鏡寺の方を見る。


「あそこの寺が祀っているものって知っているか?」


「鏡って聞いたことがありますけど……」


 ヒイラギの言葉にゲッケイジュは頷く。


「そうだ。だが、鏡ではあるが、実はただの鏡ではない。雲外鏡という妖怪になったものを祀っているんだ」


「雲外鏡……魔を見抜く照魔鏡が妖怪に転じたというあれですか。もしかして安藤の元に現れた鏡の化身って……」


 ヒイラギは恐らく安藤を死に追いやったであろう鏡の化身の正体がその祀られている雲外鏡ではないかと思った。


「そうだろうな……本来、あの都市伝説に呪殺を為せるほどの力はなかったはずなんだ」


「それじゃあなんで、佐藤と田中を殺せたんだよ」


 ハギがそう言う。


「だからその雲外鏡の影響さ。あの雲外鏡は祀られていることから従来の雲外鏡よりも遥かに強い力を有しているようなんだ。その力の影響がもたらされたことであのような真似ができるようになってしまった」


「なぜ、雲外鏡の影響を受けたんですか。雲外鏡とは関係無いですよね?」


 カエデの疑問にゲッケイジュは答える。


「あの都市伝説は一種の水鏡の性質があるんだ。水鏡に未来が写るというものはよくある話の一つだしな。まあそう言うのは本来は寺の近くの滝とかで生じる水鏡なんだが、あの都市伝説は擬似的な水鏡を作ることができる。その水鏡に更に影響を与えたのが雲外鏡ってわけさ……」


「つまり偶然が重なったということかよ」


 ハギがそう言うとゲッケイジュは苦笑しながら頷いた。


「そういうことさ。全く、お騒がせなことさ……」


 ゲッケイジュはヒイラギに持たせていた鏡を取る。


「俺はこの鏡を返してくる。じゃあな……」


 そう言って彼は雲鏡寺へと向かった。


「なあヒイラギ……安藤はどうしてこんなことしたんだろうな」


「さあ、どうだろうな……最後の言葉でも聞いてみたら?」


 ハギはそう言われ、安藤の遺体が運ばれた救急車に向かって手をかざす。


「『なんで……どうして……」だそうだ」


「皮肉ね。自分が殺した二人のような言葉なんて……」


「そうだな……」


 カエデの言葉にハギは頷き、ため息をつく。


「帰ろうぜ……」


 ハギはそう言って安藤夏江の家に背を向けて歩き出した。


「そうね……」


「うん、帰ろう……」


 二人も安藤夏江の家から去っていった。












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