男らしさ
乾杯。このたび僕は結婚しようと思ってね。まずはきみにご報告ということで。祝ってくれるかい。
──そうか! それはめでたいね。おめでとう。例の彼女と?
そうなんだ。僕もそろそろ男らしく一人の女性に決めたわけさ。
──男らしく? それのどこが男らしいんだ? そこんとこ引っかかるんだが。
いや、よくいうじゃないか。僕もただそれに倣ったまでだよ。
──それならいいけれど。でもはっきり言って、俺は一人の女性に決めることはまったく男らしいとは思わないな。気に障ったなら許してくれ。ただひとつ言っておきたい。一人の女を生涯愛すると誓うことはそれこそ、男らしさとは正反対の宣言だろう。
ちょっと待ってくれ! どうしてそうなるんだよ。
──いやいや考えてもみろ。俺らが正常の意識でいるときに、一人の女だけを想っているかい? 当然不特定多数の女へ想いを馳せている。そうだろ? つまり、一人の女ではなく不特定多数の女を想うことこそ、男らしさのあらわれなんだよ。これくらいのことは正気を失ってさえいなければあまりにも自明だと思うんだが。
なるほど。そう言われてみればそうかな。で、だからどうしたっていうんだ。
──まあきみは、女性側の理想へと赴いたんだよ。言ってみれば、男性漫画の主人公の地位から、女性漫画の相手役にこれからは徹頭徹尾移行するわけだ。女性向けの作品と男性向けの作品をちょっと読み比べてごらん。そしたらすぐに気づくだろう。つまり、女性漫画に必要なのはたった一人の飛び切りいい男と女主人公。一方、男性漫画に必要なのは複数のそそる女と男主人公。わかるだろ。俺に言わせると、一人の女性だけを口説き愛する飛び切りいい男よりも、複数の女性に気移りしてやまないなよなよ主人公のほうが男らしさの一点において遥かに上を行っていると断言しておきたい。
相変わらず凄まじいね、きみは。たしかにそれも一説かな。でも、それくらいは僕も気づいてるよ。ただきみは素直で正直者だから言葉にしなくちゃ気が済まないんだろう。それなら僕は彼女にとっての飛び切りいい男をめざすまでさ。そのほうが僕の気質にも合っているようだし。
──じゃあきみは、みずから男らしさに背を向けるというわけか。それで満足なのかい?
そうだね。満足かどうか、それはさておいて、結婚したらきみのいう真の男らしさとはきっぱり決別するよ。そしてこれからは紋切型の男らしさに安住する。実際そのほうがひとの目に良く映るからね。もちろん彼女の瞳にも。かっこつけるようだけれど、相手の望みになるべく叶うようにしたいというのが今の僕の本意なんだ。出来ないことはもちろんある。それでも僕はできるかぎり彼女にとっての飛び切りいい男でいたい。
──妬けるね。きみは昔からそうやって、こっぱずかしい台詞をいたって真剣にいうからこっちが困る。けれど今のをきいて新たな煩悶がうまれてしまった。ひょっとして俺はきみのような気持ちにさせてくれる女性に出会ってないだけだろうか、ってね。まあどうだっていい。今日はお祝いだ。乾杯。幸せになれよ。
ありがとう。
──末永くお幸せに!
読んでいただきありがとうございました。