1-3
バスクアッドの街道は、本来ならそれなりに人通りのある街道だったそうだ。
かつては領地境界線なるものはクライス王国になかったため、人の通りに制限はなかったというのもその理由だが。
今は近隣の村に向かう者さえほとんどいない。
一応の整備はされているようだが、街道は無人であることもあって、寂れた雰囲気を漂わせていた。
(乗合馬車も、行商人ともすれ違わない……野盗に襲われて滅んだ村がいくつかあるって聞いたことがある。カーライルの流れ者、か)
七年前の戦争が生んだ弊害だ。
その戦争によりクライスは事実上滅亡した。
クライスを滅ぼした国の名はカーライル。
かの戦争においてカーライルは、兵力の確保のために大規模な徴兵と傭兵の雇用を行った。
――そしてその戦争の終焉とともに、彼らは職を失った。
兵隊は野盗化し、属領と化したクライスで悪行の限りを尽くしている。
騎警――正式名称は“治安維持を目的としたフレイン領騎士による警察機構”――を設立しても、彼らの蹂躙には対応しきれていない。
いわゆる戦災だ。
(つまりはこれも、そういうことなんでしょうけど……)
思索を閉じる。ドギーが気にしていたのはそのことではない。
先行するクラウンに追いつくと、内緒話のように囁いた。
「どう思う?」
それだけしか口にしなかったが。
何を聞いたかは察しているだろう。彼は特に何の素振りも見せず、答えとしてはこう言った。
「どうも思わない」
「……本気で言ってる?」
本気で言ってるのだろう。確かめても無駄なのはわかっていたが。
彼は質問の答えをすっ飛ばして、顔をピクリともさせずに言ってきた。
「ニコラエナなる女がその辺で暴れまわってると言われても、“へえ”以外に思うことはなかったよ。本来なら、俺たちには関係のない話だ。違うか?」
「…………」
彼の物言いはどうしようもなく正論だったが、ドギーには一切納得できなかった。
できるはずがない。それが何故無理かといえば、問題なのは理屈ではなく心情だからだ。
どれだけ正論を並べても、納得できるはずがない。
ニコラエナ・ファルク・クライス。
それは第十四代クライス王国国王、ファーレン・ファルク・クライスの唯一の娘の名前だった。
ファーレン王は戦場で壮絶な死を遂げた。
その報が王城に届けられたとき、彼女はその後を追うように自死したという。
自身の離宮に自分で火を点け、その業火の中で焼け死んだと。
だが彼女の死は状況的に不自然なことが多かったという。
特に『齢十歳にも満たない少女が自ら死を選ぶ』と言う不自然さが、市井に噂を流させた。
いわく、ニコラエナ姫が死んだのは、王権をかすめ取ろうとした貴族たちの仕業である。
いわく、王は戦争以前に謀殺され、その隠蔽工作で戦死なされたことになった。
いわく、幕臣はカーライルと内通しており、二人は策略によって殺された……
ニコラエナ存命の話は、そうした噂の中では有名なものだった。
今では噂に尾ひれがついて、カーライルに復讐すべく、隣国ハーレルクに秘密裏に輿入れしたとかいう話まである。
バカバカしい話だ。だが死んでいなければならない者が蘇っているらしいことには違いない。
ドギーは不機嫌を隠さなかった。
沈黙でそれを察して、クラウンはこう訊いてきた。
「不満か?」
「そうよって頷いたら、あなたはどうするの?」
「その次に“命令だ、殺してこい”と言わないことを祈るよ」
やれというのならやってもいい。気楽な彼の呟きには、言外にそう含まれている。
だが言葉としてはこう言った。
「決めるのは君だ。俺はそれがなんであれ実行する。約束は絶対だ。決して違えることはない」
肩をすくめた彼に憮然と唇を尖らせながら、ドギーはため息をついた。
約束という言葉と、その重みに頭が冷えた。
どうでもいいとは言わないが、少なくとも今考えるべきことではない。
ドギーは見えてきたものに集中することを自身に命じた。
宿と知らなければ誰も気にも留めないだろう。そんな家屋が街道の脇に、ぽつんとひとつ建っている。
かつてはここが宿屋だと示していたはずの看板は、半ばから折れてその辺に転がっていた。
擦り切れた看板は屋号も読めないほどに汚れている。
店主が頭をひねって付けただろう屋号も、今では泥の下だった。
宿の中はカーテンで閉ざされて見えないが。
(野盗団の総数は不明。少なくとも人を殺すのを躊躇わない程度には場馴れしている。加えて人質もいる以上、私たちは速攻で敵を全て叩き伏せなければならない)
本来なら、野党の討伐などというのはフレイン領騎士団――その内部組織である騎警の仕事だ。
フレイン領騎士とは領内のみで有効な騎士階級であり、厳密には騎士でも貴族でもない。
彼らの役割は極めて単純だ――フレイン領を守ること。ただそれだけ。
ただし構成員はカーライル人だけだ。
一方の騎警はフレイン領民が主のようで、誕生の経緯からしても力関係は明白に下にある。
(その騎警が放置せざるを得ない野盗……か。なにも裏がなければいいけど)
心構えをしようとして、彼女は自身の外套を確かめた。
特注の外套だ。いつでも一挙動で引き抜けるように、袖元にナイフが仕込まれている。
他にも腕ポケットやスリットなど、攻撃の最中でも取りやすい位置に投剣が隠されている。
あとは、まあ……こうした荒事の際に身につける仮面だが。別に今回は、顔を隠す必要はないだろう。
暗器の位置を一つ一つ確かめてから、彼女は相棒に視線を投げた。
彼は別段気負う様子もなく、建物を見ているだけだが。
「何か作戦とかってある?」
彼の答えは、これだった。
「必要か?」
「ないの?」
「近い奴から順に叩きのめすだけだろう?」
それ以外に何かあるのか? 彼の顔はそう言っている。
加えて、口ではこんなことを言ってきた。
「どうせチンピラだ。大したことはない」
「その“大したことない”のが六人以上いても?」
彼は涼しい顔をして、頷いてみせた。
「ああ。俺に敵なんていない」
「…………」
「嫌なら、俺だけでやってもいい」
気負う様子も、気取る様子もやはりない。
陰気な黒尽くめのこの男は、当たり前のようにそう言うだけだ。
あてつけになるのは間違いなかったが、彼女は一呼吸分の間を置いて、半眼で告げた。
「あなたのそういうところ。私、かなり大っ嫌い」
「なんでかな。君の父親にも似たようなことを言われた」
ぼやきは無視して、ドギーは宿の戸口に立った。
木製の扉に阻まれて、室内の様子はうかがえないが。聞こえてくるのは談笑の気配だけだ。
そこに女性の声はない。それが何を意味するのか――……
(気絶してるだけ? それとも……私たちは間に合わなかった?)
想像に背筋が泡立つ。野盗に囚われた女がどうなるかをドギーは知っていた。
それがどれだけ凄惨であるかも。
ドギーは扉を蹴り開けた。踏み込みはせずその場で扉の先を睨む。
元は食堂だったのだろう広い空間。暗い室内に、六人の男がいた。
それぞれが思い思いの場所にいるが、誰もが突然の乱入者に呆然としている。
彼らが囲んでいたその中央に、少女の姿があった。
気絶しているのか、眼を閉じたままぐったりと横たわっている。
一番近くにいた男が、ハッとして口を開く――
「なんだぁ、テメエ? 俺たちがフレイン――」
その一瞬に、ドギーは動き出していた。相手の意識の虚を突く形で。
乱入者に威張ろうとした男の懐に入り込んだ。
事態に意識が追いつかない男の顔に驚愕が浮かぶ。
その様に同情すら覚えながら――ドギーは男の下腹に膝を刺した。
「……ッ!?」
世にも悲痛なうめき声。いや、声ですらない引きつった音を上げて崩れる男をしり目に。
ドギーは左右に視線を振った。
状況を確認し、数を数える。
(左に一、右に三。正面に一――)
数の多い方は無視して、彼女はさっと左を向いた。
その背中を風が吹き抜ける。
クラウンだ。倒れ込む男の体をひっつかみ、正面の男――少女に最も近い―にぶん投げている。
超質量を砲弾のように投げられて、男が二人、もつれながら吹っ飛んでいく。
それを見届けることなくドギーは駆け出した。
三人組は彼に任せて、男一人に集中する。
ようやく襲撃を理解した男が、手の中の酒瓶を放り投げてくる。
牽制だ。足を止めて払い落とす。割れるガラスの音。後方で悲鳴と罵声。
目の前では男の絶叫。今度は先ほどまで自身が座っていた椅子を投げつけようとしていたが。
(それじゃあ遅い……!!)
ドギーは自身の両のわき腹に手をかけた。
男には何をしようとしているかわからなかったはずだ――そこには投剣が隠してある。
引き抜いて、二刀を即座に敵へ放つ。
放たれた銀影が男の椅子を持つ手に突き刺さる。
苦悶の声、その隙にドギーは敵の懐へ飛びこんだ。
落ちた椅子を踏みつけて、体を宙に跳ね上げる。
零距離。男のマヌケな顎先を、跳躍の流れに任せて膝でかちあげる。
「フッ――!」
息吹きは一瞬だった――衝撃も、そして男が意識を失うのも。今度は悲鳴も苦悶もない。
着地と同時、ドギーはすぐさま背後を振り向いた。
まだ右にいた三人がどうなったのかわからない。身構えて――そして、彼女は拍子抜けした。
ため息は出なかったがそんな調子で、ドギーはぽつりと呟いた。
「まったく。私が一人倒してる間に、残りは全部叩きのめしたってわけ?」
辺りは惨憺たる有様だった。子供が癇癪を起こして暴れてもこうはなるまい。
三人の男がそれぞれ木やガラスの破片にまみれて倒れている。
彼らの近くに原形をとどめていない椅子やガラス瓶が落ちていたので、おそらくはそれで殴ったのだろう。
原始的な暴力の結果だった。
彼ら三人を叩きのめしたクラウンはというと、いつものようにすまし顔でそこに立っている。
彼は平然と、こう言ってきた。
「油断した。少し気が緩んでいたようだ」
「……は?」
理解できずにそう呻く。ドギーの目には、失敗などどこにも映らなかったが。
彼は答える代わりに指でその場所を示した。正面だ。
ドギーから見て左。そこには確か、少女(と、男二人)がいたはずだった。
ドギーもその指を追って、正面を見た。男二人は気絶したままだった。これは別に問題ない。
少女も相変わらず気絶している。これも問題ではない。
問題なのは――
「……やってくれたな」
男が一人、増えていた。
剣で武装した、強面の――敵は誰も彼も似たような顔だが――男。
誘拐犯の仲間なのは疑いようもない。隠れていたわけではないだろう。
なら、二階から異変を察して降りてきたのか。
男は気絶した少女の体を掴みあげ、その首筋に剣を当てていた。
ちょうど人質を取られた形で、ドギーはクラウンを盗み見る。
彼は冷たく輝く瞳を細めて、初めて敵を見つけたような顔をしていた。
だが、ひとまずは動かない。男の反応を待つつもりだろう。
絶対的に有利なこの状況で、男が言ってきたのは、何の意味もないこんな言葉だった。
「てめえら、何者だ。邪魔しやがって……ニコラエナとかいうバカか?」
言いながら、ちらちらと剣の角度を変える。話さねば殺すということだろう。
男の声音にはカーライル人特有のなまりがある。武器を持つ様子に慣れを感じた。
おそらくは傭兵だろう――彼らが野盗になる理由の一つとして、敵国を蹂躙するという使命を掲げる者もいる。
素直に答える理由もなかったが、ドギーは臆さず答えた。
「違うわ。別にあなたたちに興味はないの。その子を返してくれない? そうすれば帰るわ」
「まさか……そんな理由で俺たちにケンカを売ったのか?」
正気かどうか。訝しんでいる相手にドギーは微笑を返した。
挑発は相手を暴発させかねない。それを思えば会話などせず叩きのめすか、降参した方が少女の身のためだが。
ふと気になっていたことを思い出して、ドギーはそれを口にした。
「フレイン」
「……なに?」
最初に打ちのめした男を指さす。
「そこの男。さっきそう言ってたわ。もう少し先がありそうな気がしたんだけど……何を言おうとしてたのかなって。あなたにはわかる?」
「ハッ……気づいてなかったのか?」
男は鼻で笑う。
威圧するように――それで人質の首から剣が離れたが――自由な片手を広げると、勝ち誇った笑みを浮かべてきた。
「我々はフレイン領騎士団だ。フレイン地方領主、カラッゾ・フォン・アルタクロス様の命でここにいる」
「……フレイン領騎士?」
「ああそうだ。現在我々はカラッゾ様から与えられた特殊任務の最中だ。そのためにカラッゾ様から超法規権限の一部承認証を与えられている。それがどういう意味か……わかるよな?」
したり顔の男がにやりと笑うのを横目に見やりながら――
正直に言えば、わからないことの方が多かった。
元クライス王国領といえど、地方が変われば法も異なる。特にカーライルの属領となってからは、首長のすげ替えに伴って各領の自治性が増していた。
そのためフレインを訪れたばかりのドギーが知るはずもないのだが。
(カラッゾ・フォン・アルタクロス……)
その名前は知らないでは済まされなかった。
フレイン領の現領主だ。クライス王国の幕臣であり、かつてはクライス王国騎士軍を率いる将軍だった。
そして噂の通りなら、フレイン領騎士団の最高指揮権の持ち主でもある。
クライス王国はカーライルとの戦争に敗北を喫し、また王統が途絶えたことで形骸化した。
そのため国を治めるための権利――かつてそれは王権と呼ばれた――はカーライルに簒奪され、クライスはカーライルの属領となった。
クライスは地方的に七つに分割され、その統治権はかつてのクライスの幕臣たちに貸し与えられている。
カーライル人が直接首長に納まった場合、領民の反発が予想されたからだ。
そのためというのも奇妙な話ではあるが、クライスが滅ぼされても元クライス領はクライス人によって運営されている――ただし、カーライルの監視を受け入れた上での話だ。
フレインもその実態は変わらない。
建前はともかく本音として、領騎士はそのための組織だった。
そして、クライス復興の芽を予め摘んでおくための。
(その彼らが、カラッゾの命令でここにいる……?)
その任務が何か――気になったのはそれだが。
うんざりと、彼女は呟いた。
「別に、あなたたちが誰だろうとどうでもよかったんだけど……」
「……?」
眉根を寄せる男を見据える。
ナイフを持つ手が震えたが、それは怖じ気づいたからではない。
静かに息を吸い、吐く。覚悟を決めるとはこういうことだ。
決意とともに、ドギーは先を続けた。
「カラッゾに警戒されたくはないの。私は彼を、殺さなきゃならないから」
「あぁ?」
「だから、あなたたちはここで――」
その先を呟く前に。
――コツン、と一つ。水を差す音が、ドギーの言葉を遮った。
ハッと――というよりはぎょっと男から目を離す。
音はクラウンが立てたものだ。床を靴でわざと叩いた音。
何を意味するかは考えない。それは経験がドギーの身に刻ませた反射だった。
彼の目を追う。視線が見ているその先を。そこは宿の入り口だった。
風に揺られる木製の扉。
その先には当然、何もない――だがクラウンは彼女に警戒せよと言っている。
ドギーは身構えた。男は既に眼中になく、外にのみ意識を傾ける。
タン、タン、ズダン――聞こえたのは二つの軽い足音からの、一つの踏込み。
「――――!!」
直感を信じて、ドギーは背後へ――入口と男の直線状から――大きく飛び退いた。
脅威は風として訪れる。見えたのは、一筋走った光の線だった。
それが矢だと気付いたのは、それが男の剣を叩き落したからだ。
事態はそれだけでは終わらない。矢の軌跡をなぞるように、開いた扉から飛び出してくる影がある。
その速度は先ほどの矢と遜色なく速い。
その影は――女だった。
「――――ッ!!」
踏み込みと同時に放たれた呼気の音。
剣を構えたドレスメイル。一つに結ばれた長い銀髪を、尾のようにして敵に食らいつく。
男はそれを見ていない。
矢に打たれて手放した剣、衝撃に痺れる己の手を呆然と見つめていたからこそ、対応に送れた。
勝負は一瞬だった。
乱入してきた女――いや、むしろ少女か?――は剣で男を突かなかった。
剣を捨て、男の首と胸ぐらをつかんで投げ伏せる。
床がきしむ派手な音。続いた一撃として、女は鳩尾に踵を叩きこんだ。衝撃に男は息を詰まらせる。
武器を失い、それでも男は戦意を失っていなかったが。
最後に女がその男の首を踏みつけて、それですべてが終わりだった。
彼女はこちらを見もしない。高みから見下ろすようにして、その男に冷たく囁く。
「宿“バスクアッドの止まり木”を根城にしている野盗団だな。フレインの領民の願いにより、悪逆たる貴様らに私刑を執行する。申し開きはあるか?」
「て、てめぇら……こんなこと、して、タダで済むと思ってんのか……」
それでも最後の意地か。男がうめくのが聞こえてきた。
だが当の女はにべもない。彼女は鼻で笑うと、口調を変えて言った。
「勘違いして欲しくはないね。落とし前をつけなきゃならんのはそっちさ」
「お、俺たちを誰だと思って――」
「知らないよ。興味もない。野盗だろ。それで十分だ」
交渉の余地などないとばかりに、言葉の刃で切って捨てる。そこに容赦はかけらもない。
彼女は手短に、そして酷薄に男に告げた。
「悪には裁きを。罪には罰を。あたしたちは正義を執行する」
そうして言い切るなり、首を踏む足に力を込める。
男はブーツを掴んで必死に抵抗するが、体勢の不利は覆せない。
鬱血した顔は赤く染まり、苦痛に歪んで見開かれ、そして。
女が足を離すと、男はもう動かなかった。
死んだわけではない。殺す気はなかったのだろう。
気絶を確認すると、女は興味をなくして男から視線を離した。
「ったく。やってらんねえな。一向に数が減りゃしない」
愚痴と共にため息をつく。その女に敵意が見えたわけではなかったが。
ドギーはナイフを掴んだまま、そっとクラウンに視線を向けた。
彼は乱入者を見つめながら、戦闘態勢を解いている。
それを見てドギーも肩から力を抜いた。少なくとも、危険はない。
嫌味になるに違いなかったが、揶揄する口調で呟いた。
「随分と、強引なことをするのね」
奇襲のことだ。おそらく彼女もここの野盗を狙っていたのだろう。
ともすると、自分たちは彼女の目論みを邪魔したことになるのか。
その予想で間違いないと思ったのは、彼女がすねたような声を上げたからだった。
「仕方ないだろ。あんたたちのせいで予定が狂ったんだ。恩を着せるつもりはないけど、文句を言われるのは心外だね」
実際にすねてるのかどうか、その辺の判断はつきかねたが。
ともあれ、くるりと踊るように半回転して、その女はこちらに振り向いた。
「それで? あんたたちはなんなんだ? まさか同業者ってわけでもないだろう、し……」
その言葉が、ふと、止まった。
それは考えるまでもなく、奇妙な反応だったに違いない。
きょとんとまばたきして、彼女はドギーを凝視している。
まるで信じられないものを見るような眼でだ。
だが、それはおそらく自分も同じだったに違いない。
(ありえない……こんなことがあり得るの?)
と――
「姫さま! ご無事ですか!」
「どうせ間に合わなかったでしょ。だから無理だっつったじゃないっすか」
これは外からの声だった。それにハッとさせられる。
彼女もだ。まるで鏡のように同じ反応をした。目の前に自分がいるような錯覚から逃げられない……
それをどうにか無視して振り向けば、二人の男が戸を押しのけて入ってくる。彼らが先に見たのはドギーの方だった。
こちらを見て首を傾げた後、その奥にいる自分の主を見つける。
その反応は滑稽だったに違いない。二人してポカンと同じ間抜け面をした。
あまり大きな声ではなかったというのに、その呟きは不思議と耳に届いて、残った。
「姫様が……二人……?」
もはや疑う余地もなく。ドギーは再び、その女の顔を見やった。
――そこにあるのは間違いなく、“ニコラエナ・ファルク・クライス”の顔だった。




