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オルトロス  作者: アマサカナタ
29/33

6-3

「この者たちは、罪人である――」

(それはもう、ニコラエナ様がやっただろうがよ)


 広場に響く領騎士の声に、無言で悪態をつきながら――


 アルフは焦燥の中で、何をすることも出来ずに立ち尽くしていた。


 騎警は領民の立場にありながら、組織としては領騎士の下部組織に当たる。だからアルフは領騎士の側から、絶望的な気分で領民たちと向き合っていた。

 処刑場と言えば聞こえはいい。だが実際には仮設の野外劇場だ。舞台上には罪人なる者たちが十数名ほど並べられていた。銀髪の女の姿はそこにはない。いるのは領騎士に反抗した者たちだけだ。


 その罪人とされた者、一人一人の後ろに騎警が並べられている。更には処刑場を取り囲むように、完全武装の領騎士数十名――これで全員のようだ――が控えている。


(処刑まで、あと少ししかない……)


 罪人とされた者たちは皆、先日の暴動の主犯とされた者たちだ。その首魁とされた女はここにはいない。

 彼女をおびき寄せるための処刑が、今回領民を集めたその趣旨だ。それらしく罪状を読み上げる領騎士長が、今回の処刑を計画したのは周知の事実だった。


 死刑執行の号令はまだかからない。処刑をするのは騎警の役割だ。そのために与えられた剣を持て余しながら、アルフはひたすらこの拷問のような時間を耐え忍んでいた。


(こんなことが、俺のするべきことなのか……?)


 手足を縛られ目の前で泣き叫ぶ男たちを見下ろしながら。アルフは、そんな事を考えていた。


 昨日から、エリーに言われた言葉が耳から離れない。騎警の仕事とは本来、領民の平和と安全を守ることだ。それが領騎士に押さえつけられ、彼らの尻拭いをさせられている。

 野盗の件にしてもそうだ。彼らの命令に従わざるを得ない騎警は、ただ傍観者でいるしかなかった……


(いいや、違うか……それを言い訳にして、俺たちは何とも戦ってこなかったんだ)


 ニコラエナは――あるいはドギーは、ここに来るのだろうか。彼女たちならどうするだろう。自分が殺されるかもしれない状況でも、彼女たちは自分の正義を信じるのだろうか……


 信じるのだとしたら、何故? 何のためにだ?


 問いかける声はただ遠い。答えがあったとしても……それは自分には選べないものだと、アルフは気づいていた。

 それはおそらく、誇りと呼ばれる。自分にはそんなものはない。ただ傅いて、領騎士の言うことを聞くだけしかできない。


 むなしく、彼は剣の柄を握りしめた。震えているのか、鞘と剣とがかちゃかちゃと音を立てている。


 怖いのか? 俺は領民を――守るべき者を殺すことが、そんなに怖いのか……?


――ざわ、と。


 不意に聞こえた喧騒のどよめきに、アルフはハッとと顔を上げた。声は広場の奥から聞こえてくる――それは奇妙な光景だった。


 波を裂くように、人垣が真っ二つに割れていく。

 近づいてくるその動きに合わせるように、静寂が向こうから押し寄せてくる。その姿が見えるようになる頃には……誰も、口を開けない。


 銀髪の女が、剣を携えてそこにいる。


 誰かが、彼女の名を呼んだ。


「ニコラエナ・ファルク・クライス……!」

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