6-2
去りゆく背中を見送りながら――
「……よかったのか、あれで」
問いかけてきたのは、いつも通りにクラウンだ。
そちらを見やれば、必然的に彼に近い場所にいるエリーも視界に入るが。声には出さなかったが、彼女も同じことを聞きたかったらしい。問いかけるような視線でこちらを見ていた。
よかったのか、あれで――そう問いかけを繰り返す。
これで何が変わったのか。それにわずかだけ思いを馳せた。だが、わかりきっていることしか思いつきはしなかった。
もう、彼女はニコラエナだ。
(私がニコラエナではないのは、もうわかりきってることだもの)
ニコラエナ・ファルク・クライスには、はるか昔に別れを告げた。それを忘れていたに過ぎない。それだけのことだ。
もう昔のよすがにすがることもない。
「ええ。構わないわ。彼女の旅路を思えば、祝福はできないけれど」
笑いはしなかったがそれに近い気分で頷いて、エリーの方に向き直った。
短い間だが、彼女にはずいぶん世話になった。それを思えば別れの言葉としてはそっけないに違いなかったが、ドギーは彼女に告げた。
「それじゃ、そろそろ私たちも行くわ。あなたには感謝してる。今までありがとう……それと、迷惑をかけて、ごめんなさい」
「…………」
彼女の言葉は、すぐには返ってこなかった。その間に、クラウンは無言で歩きだしている。
彼はそのまま、彼女たちには何も言わずに出ていった。気を使ったのかもしれない――と思いついたのは、おそらくただの気まぐれだろう。彼にそんな気概はない。
やがて、エリーはぽつりと、か細い声で呟いた。
「……帰って、きますよね?」
(その時には……私は、人殺しよ?)
それは言えなかった。この少女を傷つけたくはなかったから。
だがふと思いついて。ドギーは彼女を正面に向き直った。
今まで一度も交わしたことのなかった挨拶を思いついたのだ。本当はなんてことのないはずの、ただの挨拶を。
きっと自分には、こんな時しか言う機会もない。クスと笑って、彼女はそれを呟いた。
「――いってきます」
「……いって、らっしゃい」
それが別れの言葉になった。
ドギーは振り向かず、そのまま宿の外に出た。
クラウンはすぐそこで待っていたらしい。ニコラエナの姿はもうどこにもなかったが。
彼はどうでもいいことを、別れの風情も無視して言ってきた。
「領民は広場に集まっているようだ。領騎士も、おそらくは全員そこにいるだろう」
今回の騒動は領騎士が主役だ。そのために、カラッゾは表に出てこないだろう。
誰にも邪魔されなくて済む。
無言で、彼女は歩きだした。




