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オルトロス  作者: アマサカナタ
28/33

6-2

 去りゆく背中を見送りながら――


「……よかったのか、あれで」


 問いかけてきたのは、いつも通りにクラウンだ。


 そちらを見やれば、必然的に彼に近い場所にいるエリーも視界に入るが。声には出さなかったが、彼女も同じことを聞きたかったらしい。問いかけるような視線でこちらを見ていた。


 よかったのか、あれで――そう問いかけを繰り返す。


 これで何が変わったのか。それにわずかだけ思いを馳せた。だが、わかりきっていることしか思いつきはしなかった。

 もう、彼女はニコラエナだ。


(私がニコラエナではないのは、もうわかりきってることだもの)


 ニコラエナ・ファルク・クライスには、はるか昔に別れを告げた。それを忘れていたに過ぎない。それだけのことだ。

 もう昔のよすがにすがることもない。


「ええ。構わないわ。彼女の旅路を思えば、祝福はできないけれど」


 笑いはしなかったがそれに近い気分で頷いて、エリーの方に向き直った。

 短い間だが、彼女にはずいぶん世話になった。それを思えば別れの言葉としてはそっけないに違いなかったが、ドギーは彼女に告げた。


「それじゃ、そろそろ私たちも行くわ。あなたには感謝してる。今までありがとう……それと、迷惑をかけて、ごめんなさい」

「…………」


 彼女の言葉は、すぐには返ってこなかった。その間に、クラウンは無言で歩きだしている。

 彼はそのまま、彼女たちには何も言わずに出ていった。気を使ったのかもしれない――と思いついたのは、おそらくただの気まぐれだろう。彼にそんな気概はない。


 やがて、エリーはぽつりと、か細い声で呟いた。


「……帰って、きますよね?」

(その時には……私は、人殺しよ?)


 それは言えなかった。この少女を傷つけたくはなかったから。

だがふと思いついて。ドギーは彼女を正面に向き直った。


 今まで一度も交わしたことのなかった挨拶を思いついたのだ。本当はなんてことのないはずの、ただの挨拶を。


 きっと自分には、こんな時しか言う機会もない。クスと笑って、彼女はそれを呟いた。


「――いってきます」

「……いって、らっしゃい」


 それが別れの言葉になった。

 ドギーは振り向かず、そのまま宿の外に出た。


 クラウンはすぐそこで待っていたらしい。ニコラエナの姿はもうどこにもなかったが。

 彼はどうでもいいことを、別れの風情も無視して言ってきた。


「領民は広場に集まっているようだ。領騎士も、おそらくは全員そこにいるだろう」


 今回の騒動は領騎士が主役だ。そのために、カラッゾは表に出てこないだろう。


 誰にも邪魔されなくて済む。


 無言で、彼女は歩きだした。

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