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「つまり、貴様のしたことはとんだ悪手だったわけだ」
この男と相対するときに不愉快であったことなど一度もないが。
「さて、お前が言ったのはなんだったかな……確か、貴様の権能は状況次第では私より上なんだったか。その権能とやらで導いたのがこの結果なわけだが。満足か?」
カラッゾはこれまでで一番不機嫌にジーリーに吐き捨てたが、彼は何も言い返してこなかった――当然だ。言い返せる要素がこの男には一つもない。
見せしめなどという独断専行の結果として、フレインは暴動状態にある。夜に始まった領民の怒りは、朝となった今はどうにか静まっていた。
暴動に便乗する粗忽者が少なかったことが幸いした。だが既に噂はフレイン全域に広まっている。暴動の第二幕も時間の問題だった。
政務館の執務室にて。デスクから、カラッゾはバルコニーの方に視線を向けた。一応は静まり返った街だが。暴動の際に火炎瓶まで持ち出した者がいたらしく、家屋も何件か炎上していた。
鎮火しようにも人手が足りず、飛び火の危険がないと判断されたものは燃え尽きるに任せ放置されている。そのせいか、フレインの空に登る黒煙は、ここからでもよく見えた。
既にもう、この街は後戻りできない場所にいる。それはわかっていた。
(つまり、我が身の破滅か。くだらんな……間抜けのせいで、私も終わりか)
苦笑する。ともすると、あの娘――確か、レキと名乗ったか――の目的は果たされたことになるのか。
どれだけ綺麗に立ち回ったところで、彼が領主の座に留まることはできないだろう。
それは別に構わない。というより、もうどうでもよかった。彼の願いは叶うことはないのだと、カラッゾは既に知っていた。
だから今、彼を突き動かすのはただの使命感だけだった。それでもまだ、自分はフレインの領主なのだという使命感。
「それで? この事態を招いた貴様はどう責任を取るつもりだ」
カラッゾはゲスに囁いた。彼が黙り込んだままなので、嬲るつもりで説明してやる。
「この件に関して全ての責任は貴様と領騎士にある。当然だな……貴様を抑えられなかったのは私の責任だが。私は詳細な調査結果をまとめたうえで、本国にこの件を報告するつもりだ」
「そ、そんな! それでは、私は……」
「ああ。貴様と領騎士の大半は死刑。私は領地没収の上追放刑といったところか。流した血の量はともかくとしても、統治にこれだけの問題を発生させたのだ。これも当然だな」
カーライルの皇帝は中正だ。知らせが行けば真っ当な裁きを下すだろう。
そうでなくとも“カーライル人によって痛めつけられたクライス人”の構図は、カーライル側にとって非常にまずい。圧政と暴力の噂が他領に広まれば、クライス人の謀叛に繋がりかねないからだ。
それを願った時期もあった。クライス人全員の反旗を。生き延びたニコラエナを革命の御旗に、クライスを取り戻す。
滅ぼした人間がそれを願うのは、傲慢だとわかっていたが……その願いはもう叶わない。
ニコラエナはもういない。そう言った旧知の言葉に思いを馳せる。あの男は嘘をつかない。ならば本当に、彼女はもうどこにもいないのだろう。
王統は完璧に途絶えたのだ。
クライスは、もう二度と甦らない。
嘆息した。もう我慢する必要もない。全てが終わったのだ。彼にとって、全てが。
それでもジーリーに告げた。
「昨日殺した領騎士の死体を、政務館前に並べておけ。真実を洗いざらい立札に書いてだ」
「……は?」
「時間稼ぎだ。いずれ領民が政務館に押し寄せるだろうが、それを黙らせる一助にはなる。今回の暴動に限らんが、カギはニコラエナだ。領民を鎮めるには、どうしたところで彼女との和解が必要になる」
それが偽者の女でもだ。和解など、仲間を殺した男としてくれるとは露にも思わなかったが。
それでも最悪の場合には処刑することで、この騒ぎを納めることができる、とジーリーなら考えるだろう。
そこまで見越して、彼は呟いた。
「死刑を免れたくば、この騒動を完璧に鎮圧して見せろ。方針は貴様に一任する」
「は……は! 承知しました!」
言うが早いが、ジーリーは執務室から出ていく。
一人部屋に残されて、カラッゾは深く椅子に身を沈めた。
これまで幾度となく徒労を味わってきた。数えるのも嫌になるほど、彼は戦い続けてきた。そのたびに傷つき、疲れ、それでも立ち上がり、目の前にいるのが敵とあらば打ち破ってきた。
だが、今はもうその気力もない。何とも耐えがたい徒労感に、彼はうなだれた。
(ニコラエナ様……もし。もし、あなたが生きていてくださったのなら)
私はあなたに仇として。そして国を売り払った逆賊として。
――私はクライス復興の礎として、あなたに殺されたかった。
願いは叶わない。それはもう、わかっている。
公務にとりかからねばならない。
だがそれでも彼はしばらくの間、身動き一つできなかった。




