召喚の前夜
日課の散歩に出る。
和柄の刺繍の入ったスカジャンを着て家から出る。
今夜は少し寒いが、夜道を1人で歩くには適温だ。
街の商店街まで一直線に歩いていく。商店街はもう何処も店なんか開いてはいないが、ガキの頃によく遊んでいた場所なだけあってただ通るだけでも感慨深いものがある。
ちょうど昔八百屋があった辺りまで来た。
前方からはガラの悪い連中がこちらを睨みつけながら歩いてくる。
5.6人はいたが全員横並びに歩いていて、真ん中を歩くスキンヘッドの男は道を譲ってはくれないだろう。
俺も譲る気は無い。
「おいっ鬼門!」
連中の1人が俺の名を呼ぶ。
「お前に病院送りにされた工藤さんのお礼参りだ!」
どうやら、この間喧嘩した相手の後輩かなにからしい。
「礼はいいから工藤に伝えとけ。病室のベットは気持ちいいだろってな」
咄嗟に思いついた挑発は大成功。
顔を真っ赤にしたスキンヘッド達がこちらに走ってくる。
喧嘩は正直簡単だ。殴られる前に殴れば勝てる。
スキンヘッドから順番に先制攻撃を決めて沈めていく。
1分後には誰も俺の前には立っていなかった。
倒れている奴らを横目に俺はその場をあとにしようとした。
「いつまでもこの街ででかい顔してられると思うじゃねぇぞ!」
悶えながらもスキンヘッドはやられ文句を言ってくる。
「そうか」
俺はそれをサラッと流す。
コンビニに寄って酒とタバコを買って家に戻る。
商店街はバカどもが転がってるので遠回りをする。
こんな日常を送っているが、俺はこれでもまだ22歳だ。
頭が良くてやりたいことでもあれば、大学にでも行ってるんだろうが。高校を中退してから毎日が喧嘩の日々だ。
俺みたいなやつは家庭環境が良くないとか言われているが、大概それは違わない。
自分自身言い育ち方をしたとは思えない。
俺が小学生の頃から週に一回くらいしか親の顔を見ることは無かった。
ずっと独りだった俺は夜の世界に自分の居場所を探した。
その結果が、街では知らない奴はいない不良だ。
無意味に暴力を振るうのは嫌いだが、そんな気持ちとは裏腹に俺の周りでは揉め事が多かった。
もともと、誰にも知られていなかった俺の名が毎日喧嘩を売られるくらい広まった理由は、3年前の喧嘩が原因だった。
面倒なことに隣町の100人はいるであろう不良グループに因縁をつけられ、少し規模の大きな抗争になった。
当時はいた友達と呼べたヤツらもそれに巻き込まれた。
だから俺は1人で不良グループをぶっ潰してやった。
100対1の無謀な戦いで勝ってしまったんだ。
その噂が広まって、今やオーガと呼ばれて恐れられてる。
誰が鬼だ!
さっきのスキンヘッドが言っていた工藤ってやつも、オーガの首を狙って来た奴だった。
遠回りをしたせいで帰るのが遅くなったが、ようやく家まで帰ってこれた。
大きくため息を吐くように呼吸をして家のドアノブに手をかける。
ズブッ!
何かが貫かれるような音とともに全身に痛みが走る。
背中を触ると手に赤い液体がついてやがった。
血だ。
見たことも無い量の血が背中から地面へと流れていく。
振り返るとそこにはさっき倒したスキンヘッドが、血のついた包丁を持って立ってやがった。
「ちくしょう.........」
絞り出したような小さな声で言った。
視界がぼやけてきた。スキンヘッドが慌てて逃げていくのだけがハッキリとわかった。
俺はゆっくりと目を閉じた。
「さあ、目を覚ますのだ!勇敢なる戦士たちよ!」
馬鹿みたいにでかいジジイの声が聞こえた。
目を開けると知らない場所にいた。
ハロウィンの仮装のような格好をしたジジイと鎧を着た兵士みたいなやつ、魔法使い。
なんだこれ。
俺は家の前で倒れていたはずが、どこかの国の城のよな場所にいる。
どうやって連れてこられたのかさっぱり分からねぇ。
俺以外にも連れてこられた奴らがいるが、俺と同様に何もわかって無さそうだ。ジャージのやつに至っては固まって動いてない。
その後、俺たちにこの世界の説明がされた。
元いた世界とは違う世界だということ、カルなんちゃらという国を救って欲しいこと。
説明されても意味がわからなかった。
ともかく、俺は拒否した。
だがその直後、周りにいた兵士たちに剣を向けられた。
座ってるジジイの命令だ。
俺は正直ビビってしまった。
いきなり態度が変わって、魔王討伐を強制してこようとするジジイは王様らしい。
だからなんだ!
身分なんかしるか!自分の国のことは自分たちでとうにかしろ!
俺は反抗を続けた。
すると、バカでかい兵士がこっちに向かってきた。
俺よりも頭1つ分大きいそいつは振り上げた拳を俺目掛けてたたき落としてきた。
くらったことも無い衝撃で意識が飛びかけた。
そこからは反撃の余地もなくボコボコにされた。
喧嘩は正直簡単だ。殴られる前に殴れば勝てる。
先にやられれば何も出来ずに負ける。
倒れた俺は気を失いそうになりながらも、王様の方を睨みつける。
悔しい。
こんな悔しい思いをするのは初めてだ。
いや。本当はこれで二度目だ。
一度目はここに来る前。後ろから刺された時だ。
こんな短時間で二度もこんな思いをするなんて、今日は最悪の日だ。
そんなことを思っていると、取り乱した男が一人王様の元へ泣きながら近づいていく。
無様だ。だが、俺が言えたことじゃない。
ドスッ
耳障りな音とともに視界が赤く染る。
血だ。
目の前で人の首が切り落とされて俺の異世界世界が始まった。