スマホを捨てただけなのに
レビューの評価が高い方にした。
買い物も、食事も、ファッションも、旅行プランも、スマホで検索すればたくさんヒットするけど、その中から最良を選ぶのは、レビューでチェックしてからだ。
お陰で僕の生活は間違いが無くなった。
学生の時は金が無くてスマホを持てなかったため、服装も周囲から浮いていたし、流行にもついていけなかった。
美味しいお店も知らないし、家電だって売れ筋上位ではないものを購入して、友人たちから驚かられていた。
よく言われたよ。
「どうしてそれにしたんだ?」ってさ。
今なら言い返せる。
評価が高かったから。ってさ。
もっとも、今は周囲から浮いていないから聞かれることもない。
そんなある日、うっかり充電するのを忘れ、スマホが充電切れしてしまった。
うんともすんとも言わないスマホを握っていても仕方がない。家に帰るまでの我慢しよう。
電車の中で、久々にすることが無くなった。
普段はネットを見たり、ゲームをしたり、ラインをしたりとやることが盛りだくさんだったけど、スマホが使えなくなると本当にやることがない。
顔を上げると、電車の乗客たちが皆、スマホを見つめていた。
なんだかその光景が異常に見え、ゾッとする。
僕はスマホを使わない生活に戻してみることにした。
やることが無く、街に出ても不安で、どうしていいのか分からなかった。
まずは近所を散歩する。
次の日は図書館に行く。コンビニに入ってみる。
徐々に移動範囲を広げ、服も家電も食事も、自分でなんとなく決めて購入した。
休みの日は、サイクリングに行ってみた。
周りにもサイクリングする人がいて、皆流行の眼鏡やスウェットに身を包んでいる。
僕だけがジャージで、ダサい恰好。
皆が僕をじろじろと見ているのが分かる。
あぁ、恥ずかしい。サイクリングなんかしなきゃよかった。
スマホを充電しようと決心して帰路に就いたところ、玄関の前で立っていた人に声をかけられた。
「すみません。数日間あなたの行動を観察させ頂きました」
まさか俺みたいなダサい男にストーカ!?と思ったが、話を聞くとどうも違う。
彼は大手IT企業の社員で、皆が皆レビューを参考にするので、新たなレビュアーが圧倒的に不足しているという。
スマホを使用せず、自分の価値観で選択した僕の行動は最近とても珍しく、ぜひレビューしてほしいとの依頼だった。
断れる雰囲気でもなかったので、ダサい恰好で、思いついたまま走行したサイクリングについてレビューした。
翌日、大勢の人たちが、僕のダサい恰好とよく似た服装で、僕が適当に走ったサイクリングコースを走っていた。
検索すればすぐにわかる今において、正解には何の価値もない。
自分の体験こそが、失敗しても、笑われても、価値があるのだよと、そのIT企業の人は言った。
ちなみに、もう一つ、その人は教えてくれた。
皆がじろじろ見ていたのは、バカにしていたからじゃない。どのレビューサイトを参考にしたのか気にしていたのだって。
その日、僕は電源がOFFのままのスマホを捨てた。
するとIT企業の社員にスカウトされた。
僕は自分のダサい感覚を生かし、異質なレビュアーとして大活躍した。