手紙
私の目の前には綺麗な夕日。
その下に広がる、私の住む町。
この時間、この場所は夕日が街を明るく照らし、私だけがどこか違う世界に来てしまったような気持ちになれる。
この場所を教えてもらったのは今からちょうど十年前。
当時とは随分変わってしまった町を眺めて、私はふと昔のことを思い出す。
幼い頃の私は外に出ることを嫌い、家にいることが多かった。
そんな私は彼に手を引かれ、嫌々この高台を訪れた。
無理やり連れられて泥だらけになってもう散々。
だけどこの景色を見たらそんな気持ちはどこかへ吹き飛んだ。
「どうだ?綺麗だろ?」
そう言って笑う彼の笑顔を私は今も覚えている。
それからは休みの度に彼とここにきては日が沈むまで遊んだ。
最初は自分勝手で私の話を全く聞かない彼のことが嫌いだった。
それでもいつの間にやら、彼に無理やり手を引かれて、私はやれやれなんて顔をして、ここに来るのが楽しみになってた。
ここは2人の秘密基地だ、なんて言って小さな旗を立てたりもしたっけ。
そんなある日。
私たちの住む町に大嵐がやってきた。
その日は私の誕生日で彼と二人でここに来る予定だった。
でも私は親に反対され自分の部屋に篭っていた。
翌日のことだ。
彼の死を知ったのは。
「一緒に行くって約束したんだ。一緒に誕生日を祝うって」
そう言って親の反対を押し切って、彼は家を出たそうだ。
山奥で発見された時には既に息はなかったらしい。
それから私はもう、ここには来なくなった。
そして今日。
私は高校を卒業し、上京することになった。
そう。この町とは今日でお別れ。
だから私は最後に見ておきたかった。
彼に出会ったこの町を。
彼と過ごしたこの場所を。
そして伝えたかった。
この町にさよならを。
あなたにありがとうを。
日も沈み、帰ろうとした私の足に何かがコツンと当たった。
土に半分埋まったそれは、明らかに人工物で、誰かが埋めた物だった。
いつもなら気にも留めず無視していたところだが、今日はなんとなくそれに気を惹かれた。
彼と過ごしたこの場所に他人の物があることが嫌だったのかもしれない。
あるいは、彼との記憶を呼び起こしたせいで少し寂しかったのかもしれない。
手が汚れるのも覚悟でそれを掘り起こす。
縦長のブリキの容器のようなそれは、一昔前に流行ったペンケースだった。
私は恐る恐るそれを開ける。
中には一枚の折りたたまれた紙とペンが入っていた。
そこに書かれた文字を見て、直ぐに紙を開く。
しずかへ
雨がつよい
どうやらこの雨はおれよりつよい
今日のたんじょう日会は中止だ
おまえのいえに伝えに行く
もしおまえがここにきたら木の下でまってろ
かならずむかえに行く
雨のほうがつよくてもおれがおまえをまもる
誰からの手紙かなんて書かれていなかった。
それでも、彼が私に書いたものだとすぐにわかった。
「下手くそな字」
思わず涙が流れた。
あの日と同じくらいの大雨だ。
後悔と申し訳なさで胸が張り裂けそうだった。
私があの日、ちゃんと彼との約束を守っていたら。
「ごめんなさい…」
俯いた私は、ペンケースにもう一枚紙が入っていることに気づいた。
涙を拭って紙を手に取る。
よく見ると一枚の写真だった。
彼と私が写った写真。
手を繋いで二人とも満面の笑みで写っている。
「ああ、彼に会いたい」
私も彼の元へ…。
ふと写真の裏面を見ると、そこにも文字があった。
おれのたからもの
おれに何があっても
おまえが大丈夫なようにおいとく
ああ、ずるい。
本当にずるい。
私が死んだら、彼が残してくれた想いが無駄になってしまう。
私に死ぬ道を与えない彼はずるい。
やっぱり雨は降った。
けれど、死のうという気持ちはなくなっていた。
ペンを握り、紙の裏に文字を綴ると、私はペンケースの中に入れ、元の場所に戻した。
写真を一枚握りしめ、私はその場をあとにした。
ずっと待ってるから早く迎えにこい、ばか。
私もあなたが大切だから。
しずか
昔書いたものを少し手直しした駄作です。