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世紀末救世主になれないおっさんは目が死んでる  作者: 海光蛸八
一章 譲治とマコト
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肉屋

 坂を降りて少し歩くと、錆びたトタンに真っ赤なペンキで『肉』とだけ書かれた肉屋の看板が見えてきた。肉屋といっても廃材で作った掘っ建て小屋であり、薄汚れたテーブルの上に無造作に肉が並べられているだけのものだった。この肉屋のすぐ後ろの『壁』の中ならもっとましな食料品店があるのだろうが、中に入る為の金など譲治は持ち合わせていない。


 譲治はマコトに少し待っているよう言ってから、肉屋の店先へと向かった。店先にさまざまな肉が並べられていたが、。半分腐っているような肉に小さな羽虫が集っているところをみると、衛生という概念はこの店にはないようだ。


「イラッシャイマセ、ジョージサマ」

「おう、元気かアビー」


 肉屋に着くと「アビー」と黄色のペンキで書かれた球状の機械が、テーブルの上から無機質な電子音で出迎えた。まだ世界が発展していた時代につくられた、卓上型の接客ロボットだ。バスケットボールほどの大きさの体で、丸い体に沿うように、青い光のモノアイが動いている。その体の塗装はあちこちが剥がれ、その一部が錆びついてしまっている。


「ショウショ、オマチ……ザザ……ガガ……クダサイ」

「何だ、また調子悪いのか」

「モウシワケアリ……ザザ、マセン、ガガ……カゼギミデ」

「だからロボットは風邪ひかないっての。どれ、見せてみな」


 譲治は腰のベルトから刷毛とドライバーを掴みとると、手慣れた様子でネジを外し、球体の上の部分を取り外した。上部に設置された部分を丁寧に外し、護身用に収納された小さなレーザー銃と、ごちゃごちゃと絡まっている配線をどかした。それから音声装置の周りに溜まった砂埃を取り除く。仕上げにサビ取り剤をかけて布で拭いた。


「クスグッタイ……ザザ……」

「我慢しろ……よし、これでいい」

「ア、ザザ……ア、アー。コエガモドリマシタ。アリガトウゴザイマス」

「悪いな、譲治。またタダでやって貰っちまって」


 店の奥から今度は人間の声が聞こえた。店の奥に顔を向けると、顔半分が髭に覆われた男が、黄色い歯を見せながら近づいてきていた。この肉屋の主人だ。血で染まった赤黒いエプロンを身に着け、手には肉切り用の分厚い包丁を握っている。その絵面はスプラッタ映画そのものだが、気のいい男で譲治はいつもここに肉を売りに来ていた。


「誰がタダでいいって言った」

「いいじゃねえか。俺でもできるようなことしかやってねえだろ?」

「だったら普段からやってやりなよ」


 アビーの蓋を閉じながら譲治が言うと、卓上のアビーもモノアイを肉屋に向ける。


「ソウデスヨ。マイニチ、テイレシテクダサイ」

「なんだ、文句があるのか?」

「ワタシハ、セイトウナロウドウカンキョウヲ、ヨウキュウシテイルダケデス」

「なにが労働環境だ、機械の分際で文句ばっかりたれやがって。少しはあそこの警備ロボットを見習ったらどうだ。あいつらは文句も言わねえで一日中働いてるぞ!」



 肉屋は『壁』の門を守っているロボットを、包丁で指した。


 アビーとは対照的な人間型の警備ロボットだ。人型ではあるが、顔に当たる部分はフルフェイスヘルメットのようにつるつるで、全身は光沢のない銀色なので見分けは簡単につく。手には不審者を一瞬で消し炭にできる大型のレーザーライフルを持っている。本来壁への侵入者を排除するのが目的だろうが、浮浪者にとっては心強い警備員だった。


「カレハマイニチ、メンテナンスヲ、シテモラッテイマス。ワタシモオネガイシマス」

「なにを贅沢言ってんだ、ポンコツロボットのくせして!」

「ナ……イマノハツゲンハ、ユルセマセン!」

「おう、かかってこいや!」

「痴話げんかはそのくらいにしてくれるか」


 肉切り包丁とレーザー銃を構える二人の間に、譲治はわざと大きな音を立てて肉を乗せた。衝撃で薄汚れたプラスチックテーブルがずず、と動く。二人は――一人と一機は少しの間睨み合っていたが、しぶしぶと言った様子で仕事に取り掛かった。


 まずはアビーがモノアイから青白い光を出し、肉全体をスキャンする。すると、あおい白い光がプラスチックテーブルに投影され、値段が表示された。


「280円か、ずいぶん質がいいみたいだな」

「100円分は燻製にしてくれ」

「はいよ」


 肉屋が金を取りに奥に引っ込むのを見届けると、アビーは譲治の方にモノアイを向け、「ニワリマシニシテオキマシタ」と小さな電子音で呟いた。譲治は小さくお礼を言ってから後ろを振り向き、マコトの様子をうかがった。マコトはコンクリートの塊に腰かけて、先ほど渡した雑誌を読みふけっていた。よほど気に入ったようだ。


「なんだよ譲治。お前もやっと女を捕まえたのか」


 旧世界の100円玉と10円玉を何枚か机に置きながら、肉屋は言った。「そんなんじゃない」言いながら譲治は数枚の10円玉を主人の方へ寄せ、ステーキを二枚注文した。主人は軽く返事をしてまた奥に引っ込む。少しすると、じゅうじゅうという音と共に、肉が焼ける香りが漂ってきた。


 しばらく待っていると肉屋が戻ってきた。ステーキの乗った皿とフォークをテーブルに置き、今度は手にした生肉をアビーに突っ込む。ぼふんと煙が噴き出すと、生肉が一瞬で燻製になって出てくる。燻製肉とステーキが乗った皿を譲治は受け取った。


「皿とフォークは返せよ」

「分かってる」


 皿には肉の他に付け合せは何も無かったが、塩だけで焼いた分厚いステーキ肉は、脂の焦げたいい香りを辺りに振りまいている。食欲を直接刺激する匂いに、譲治の口の中に唾がにじんだ。ふと主人の顔を見ると、譲治の後方――マコトの方を見ていた。


「あの子、線が細くていいじゃねえか」

「なんだって?」

「女はやっぱこう、お淑やかって言うかさあ。守ってやんねえとって言う感じじゃないとな。今の女は男っぽくていけねえ。ボッサボサの髪に汚ぇ言葉。もううんざりだ。あの子はなかなかの上玉だよ。俺的にはもっと身長が小さくて、胸がなけりゃ言うことなしなんだが……」

「なんだお前、そんな趣味あったのか?」

「あの子くらいになりゃもう立派な女だからなあ……そういやこないだ娼館で買った子はよかったなあ。愛想はいいし、なにより齢が――」

「時代が時代ならお前は最低の犯罪者だな」

「今の時代なら?」

 


「犯罪者じゃない方が珍しい」


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