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世紀末救世主になれないおっさんは目が死んでる  作者: 海光蛸八
一章 譲治とマコト
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 頑としてマコトは運ぶことをやめなかったせいで、肉屋がある『壁』が見えてくる頃には日が傾き始めていた。木材と鉄材を乱雑につなぎ合わせただけの、粗末だが高い壁が、橙色に染まっていた。譲治は坂の頂上から、壁の周りにいる黒い人影に視線を向けた。


 金がなければ壁の中に避難することもできない。そういった浮浪者は大勢いる。その手の者たちは壁の近くなら幾分か安全だろうということで、壁の周りにたむろして簡素な村のようなものを築いていた。壁の中に用がある商人とも取引でき、野盗もうかつには手が出せない規模になることも多いので、そのような生き方をしている者は多かった。


 だが、大規模な野盗の集団に襲われて家を破壊され、物資を奪われる例も珍しくないことを譲治は知っていた。だから一人目立たない場所に居を構えていたのだが、その結末にあまり違いはなかったようだ。

 譲治は遠方でうごめく黒い点から視線を外し、かなり後方に居るマコトに目を向けた。肉から手を離しては引きずり、引きずっては手を離しの繰り返しで、懸命に坂を登っている。その姿はけなげと言うより滑稽だった。


 譲治は適当な石に腰掛けると、マコトの後ろに広がる旧世界の残骸を眺めた。多くの人々が行き交っていた歩道や道路には亀裂が走り、その隙間をかさぶたのように雑草が埋めている。ビルや家屋は倒壊し、瓦礫と骨ばかりがちらばる廃墟となっている。その上空をくちばしがふたつに割れた奇形のカラスや、毒々しい色をした大きな羽虫が飛び回っている。その景色のどこにも、かつての栄光や繁栄を感じ取ることはできなかった。

 

 譲治は無精ひげの生えた顎をなでると、視線を下方に戻した。電飾のはずれてしまった大きな看板の瓦礫をマコトが乗り越えているのが見えた。


「おーい、頑張れー」

「う、あぁい! が、が……がんばいばずッ!」


 譲治の感情のこもっていない応援に効果があったのかは分からないが、マコトはなんとか坂を登りきり、譲治の元へたどり着いた。肉塊を投げ捨て、あおむけに倒れてぜいぜいと荒い息を吐く。マコトは最終的に一人で肉の塊を運ぶことができたわけである。譲治はその根性にほんの少し好感を持った。時間がかかりすぎているので、本当にほんの少しだけだが。


「よく頑張った」

「はえ……どうも」

「大丈夫か?」

「うぃ、だぇじょうぶれふ……」


 明らかに大丈夫ではないようなので、譲治はマコトの息が落ち着くのを待った。

 こんな風に、誰かを気遣う言葉を口にしたのは、いつぶりだろうか。

 譲治の頭の中に、娘の姿がよぎった。



     ◇


 手間のかからない、しっかりした子だった。

 世界がイカれてもあの子はいつも笑おうと努力していた。

 むしろ自分のほうが気遣われていたような気さえする。

 あの子がいたから、こんな世界でも生きる希望があった。


 そう、あの子がいたから――。


     ◇



「どうかしましたか」


 足元から聞こえた声に、意識が現実へ引き戻される。


「なにか、遠くを見ていたみたいなんで」

「ああ、なんでもない……」

「そう、ですか。あの、あそこにあるおっきなもの、なんですか」


 マコトは顔だけ起こすと、前方にそびえる廃材の壁に視線を向けた。


「なにって『壁』だよ」

「ただの壁にはみえませんけど……」

「旧世界の駅とかスーパーを拠点にして、鉄板とか瓦礫で防護壁を築いてる場所を『壁』って呼ぶんだよ」

「エキ……スーパー……ああ! 授業で習いました!」

「授業?」

「小さいとき授業で管理官さんに習ったんです。外の世界には色々なものがあるって」


 シェルターの中でもある程度の教育はなされているようだ。その授業の中に外の世界――というより崩壊前の旧世界だろうか――の様子を教える科目があるのはなんとも可笑しい。先ほどからマコトの言動を見る限り、そこまでしっかりした教育ではなさそうだが。


「エキはデンシャを待つところで、スーパーは買い物するところですよね!」

「よく知ってるな」

「えへへ。旧世界のことは得意分野でしたから!」


 得意げに笑うマコトを横目に、譲治は石から立ち上がった。それからマコトが引きずってきた肉の塊を担ぎ、肉屋へ続く坂道を下りて行く。


 慌てて起き上がったマコトだったが、運び疲れたのか、「私が持ちます」とは言わずに譲治の後についていった。


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