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世紀末救世主になれないおっさんは目が死んでる  作者: 海光蛸八
エピローグ
73/73

どうも、こんにちは

 蒸留水配給用のドラム缶に腰かけ、ため息を吐いている少女がいた。ほんのひと月ほど前では考えられないほど、日常的で温かいため息だった。だが、少女の心は穏やかではなかった。今日も、やるべき仕事は大量にある。


「……疲れたあ」


 少女は――マコトは、シェルターから運び出された大量のドラム缶見つめながら、情けない声を吐き出した。青色にペイントされた蒸留水のドラム缶に座ったまま、黒いグローブをした手で顔をなでる。


 シェルターを開いてこれから世界をよくするのだと、喜び勇んでいた数週間前が懐かしい。水の配給は商人に任せておけばいい、そう思っていたのだ。しかし、現実はそう甘くはなかった。住む場所も備蓄している物資も異なる各地域に、平等に水を配給するというのは大仕事だった。

 マコトは、ピンクのヘアピンで留めた黒い髪を撫でて低くうなった。言葉にならない弱音を口の中で呟き立ち上がると、腰のベルトに取り付けられた工具が音を立てた。彼女は今、修理工の勉強をしていた。


 細い腕を頭の上に乗せ、しばらくはうろうろとドラム缶の周りを歩き回っていたが、やがて手をかけ仕分けを始めた。遠方の壁、近場の壁、壁以外の集落。道中、旅人や浮浪者、別の行商人などに配給する分もあるので、単純な計算では仕分けられない。

 手元の仕分け表を一瞥すると、すぐに近くのテーブルの上に置いてあった予定表と取り換えた。ひとまず今日の仕事はどれくらいあるか確認することにしたらしい。まだ午前中だったので、全く片付いていないのは分かっていたが、確認せずにはいられなかった。


 半分しか水の出ないバルブの修理、汚れのたまった浄化槽の掃除、シェルター内の電球のチェック。その他の仕事は、修理工の講義、シェルター内に宿泊している商人などの人数管理、子供たちの世話、休憩時間は細切れにしか入っていない。

マコトは思わず天を仰いだ。午前の日差しが妙に眩しく感じられる。


「……はあ」


 彼女は涙ぐむ目に手を当てた。もう一度ドラム缶に座り込むと、がっくりと肩を落とした。頭を抱え、自分の未来を憂える。しばらくそうしていたが、そのうち上着のポケットからいくつかのヘアピンが入ったプラスチックのケースを取り出し、じっと見つめていると、徐々にマコトの表情が引き締まっていく。


「私、頑張ります……!」


 自分に言い聞かせるようにつぶやく。ふと、遠方から声が聞こえた。ポケットにヘアピンケースをしまい、立ち上がってそちらを見ると、シェルターの子供たちだった。


「あー、お姉ちゃんまだサボってる!」

「きゅ、休憩してただけだから……そんなことより、ちょっとは手伝ってくれないかなあ」

「それよりお姉ちゃん。さっき商人さんがけがした人運んできたから、お薬で治してあげて」

「本当? どこに居るの」

「こっちー」


 子供たちはぴょこぴょことマコトの前を歩いていった。マコトは予定表を机に戻し、後についていく。正直なところ仕事が忙しいのだが、けが人となれば話は別だ。子供たちはマットレスだけが敷かれた、簡易な医療スペースまでマコトを案内した。そのスペースの角にあったシーツに手をかけ、毛布をめくった。


 そこには男が横たわっていた。顔立ちは若くはない。旧世界の基準で言うなら中年といったところだろうか。着ているものは、よれたのシャツに、薄汚れて埃臭い上着、色落ちしたジーンズ。ボロボロの靴。そのすべてが血で染めあがっていた。


「あ……」


 マコトは女の子たちの間を抜けてシーツを取り払い、男の顔を見つめた。長年苦しみに耐えてきたであろう顔は青ざめ、眉も口も額もあらゆるところを苦しそうに歪ませている。


 男はゆっくりと目を開けた。

 青い顔のまま、マコトに向かって笑顔を作った。


「どうも……こん、にちは……」

「なに、言ってるんですか……ッ!」


 マコトの頬に、暖かい涙が伝った。


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