煙草、雑誌、肉の塊
「シェルターに、ですか?」
「そうだ」
無理を承知で譲治は目の前の少女に尋ねた。
ここからは譲治の話術の見せ所だ。いざとなれば小男と同じ手を使ってもいい。
マコトは口を開けたまま譲治をみてから、案の定眉を寄せた。
「うーん、それは管理官さんに聞いてみないと」
「おいおい、俺がいないとお前らは困るんじゃないか?」
「そうですね、分かりました。私から管理官さんに言っておきます」
「わかった。じゃあとりあえず……え?」
「私から管理官さんには言っておきますから、お願いします」
もう少し問答が続くと思っていた譲治は、完全に肩透かしを食らってしまった。警戒心が無さすぎる。見ず知らずの他人がいきなりシェルターに住まわせろと言ってきたら、それなりに警戒してもいい。というより警戒すべきなのだ。にもかかわらずマコトはまさに快諾、といった笑顔を譲治に向けている。
「い、いいのか?」
「はい、この先修理できる人が見つかるか分からないですし……条件を食べます!」
「食うな、飲め」
「え? どういうことですか?」
マコトは間の抜けた顔で首をかしげた。
「……とにかく、俺はお前のとこのシェルターの入っていいんだな」
「はい、管理官さんもきっといいって言ってくれますよ!」
会ったばかりの譲治に向かって、無邪気な笑顔を向ける。これでよく一ヶ月も生き延びられたものだ、と譲治は感心した。こんな能天気そうな子供を外に出すとは、手当たり次第に人を送り出す人海戦術なのか、それとものシェルターの中には頭がおめでたい連中しかいないのか。
譲治は心の中で冷笑してから、煙草の最後の一口を吸って紫煙を吐き出した。マコトがまた好奇の目を自分に向けているのに気が付き、譲治は顔をしかめた。
「なんだ?」
「タバコってなんのために吸うんですか」
「なんのためって言われてもな」
フィルターのギリギリまで吸った煙草を踏み消しながら、譲治はあごに手をあてて無精ひげを撫でた。
「気持ちが落ち着くとか、反対に元気になるとかですか? あ、それともおいしいとか」
「まあ、そんなとこだよ」
譲治はリュックサックに手を伸ばし、小男から買った旧世界のファッション雑誌を取り出すと、マコトの膝の上に放った。これ以上質問攻めにされるのはごめんだった。
「なんですかこれ」
「旧世界の雑誌」
「ざっし?」
「それでも読んでろ」
日に焼けて色あせた表紙を少しの間眺めてから、マコトはパラパラとページをめくった。するとすぐに目をきらきらと輝かせ、睨みつけるようにじっくりと読み始めた。旧世界のものにはなんにでも興味があるのだろう。物々交換のために買った代物だったが、静音効果もあるとは思ってもみなかった。マコトが夢中になっている間に、譲治はリュックに小男から買った品物を詰める。
しばらくページをめくる音と荷物を詰める音しかしなかったが、不意にぐうという音が譲治の耳に入った。音がした方を見ると、マコトが雑誌を閉じて、顔を真っ赤にしていた。
「腹減ったのか」
「……はい」
「よし、何か食うか」
譲治は整理が済んだリュックを背負って立ち上がった。
「そこの肉を持ってきてくれ。近くに買い取り所がある。そこなら調理もしてくれる」
「分かりました」
「重いぞ、いけるか」
「大丈夫です。けっこう力持ちなんですよ!」
胸の前でグッと手を握りしめ、マコトは下処理のされた豚肉の塊に歩み寄った。
「シェルターの中では力持ちのほうでしたから!」
「そうか」
「それに、このスーツはマッスルスーツ機能もォッ!?」
肉塊はマコトの予想よりもずっと重かった。マコトはがくんと体勢を崩して肉塊を落としてしまった。目を見開いて「信じられない」というような顔を譲治に向けた。それから再び持ち上げようとするが、引きずるような形でしか運べないようだ。
「うぐ、ふぬぎぎぎ……」
「本当に大丈夫か。無理そうなら俺が持つぞ」
「大丈夫、です」
本人がやると言うなら仕方がない。譲治は先に立って歩き始めた。マコトはうめき声を上げながら豚肉をズルズルと引きずって行くが、譲治との距離はだんだんと離れていく。
「おいやっぱり……」
「だいじょぶ、です!」
譲治が振り返って声をかけるが、マコトは手を離そうとしない。
仕方がないので譲治は先に進むが、更に距離が離れていく。
「本当に大丈夫か」
「だい、じょうぶッ! ですッ、からッ!」
「この先、坂になってるけど」
「大丈夫ですッ!」
「段差も多いけど」
「だっ、だいじょぶです!」