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世紀末救世主になれないおっさんは目が死んでる  作者: 海光蛸八
六章 譲治の過去
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このみ

 このみはにっこりと微笑むと、譲治に背を向け走り出した。


「待ってくれ!」


 譲治は娘を追いかけた。全力で走っているはずなのに全く追いつけなかった。道中、巨大なピンクのヘアピンが道をふさいでいたが、蹴倒して娘を追った。前方で笑いながら手招きする娘の顔を見て、譲治も顔を崩した。


 いつの間にかブルーのライトは消え、代わりに暖かな日の光が廊下を包む。


 そこは廊下ではなくなっていた。譲治の足元には芝生が青々とのび、頭上は雲ひとつない青空が広がり、小鳥が飛んでいた。譲治はこの光景に見覚えがあった。妻と娘と譲治、三人でよく出かけていた公園だ。


「このみ!」


 譲治が叫ぶと、このみは動きを止めた。譲治に背を向けたままうずくまってしまった。ようやく追いついた譲治はその背に手をかけ、優しい声音で話しかける。


「もう大丈夫だぞ……」

「……」

「お父さん、ずっとお前のこと探してたんだ」

「……」

「お前、いったいどこに――」


 瞬間、目の前の娘の姿が醜い肉塊へと変わった。譲治は思わず小さなうめき声を上げ、飛びずさった。空は暗転し、あたり一面が真っ暗闇になっていた。上も下も右も左も前も後ろも、真っ暗闇だ。だが、譲治には娘が変貌した肉塊だけははっきりと見えた。壁も床も天井も、娘と同じ肉塊へと形を変えていく。


「やめろ……」


 巨大なピンク色のヘアピンが宙を舞い、壁に突き刺さると鮮血が噴き出した。いくつものヘアピンが譲治の脇をすり抜け、突き刺さり、血だまりを作る。突き刺さった巨大なヘアピンは肉をえぐり、小さな塊にして譲治の眼前に落とす。


「やめてくれ……」


 足元に何かを引きずった跡ができる。肉塊の床を削り取りながら、何かが廊下の奥へと進んで行く。この跡を追えば追いつけるかもしれない。


 何に。

 何に追いつける。


「頼む……もう……」


 気が付けば、譲治も血まみれになっていた。自分のものか相手のものか分からない血が、全身にこびりついていた。


 相手とは一体誰だ。

 相手のものは血なのか。

 誰だ。


「や……やめ……」


 譲治の周りには数人の死体が転がっている。握り締めた譲治の拳は血まみれだった。ゆっくりとその手を開いてみる。血まみれのヘアピンが掌の上に――。


「やめろおおおおおおお!!」


 譲治は目をつぶり、頭を抱えて叫んだ。荒く震える息を何度も何度も吐き出し、頭中に響き渡る鼓動音を鎮めていく。ほんの少し呼吸が落ち着くと、譲治はゆっくりと目を開けた。廊下は元通りになった。


「――」


 声が聞こえ、振り向くとそこには野盗がいた。タイヤやトタンで補強した服、手にしているのは鉄パイプや角材。腰にはいくつものスプレー缶。典型的な野盗の格好だった。典型的。野盗の典型的だった。にやにやと笑っている。にやにやと下卑た。下賤な。にやにや。


「お前が……!」


 にやにや。にやにや。

 そいつらのせいで、俺もこのみも。住む場所が。

 野盗だ。死んで当然なんだ。


「お前がこのみを!」


 譲治は目の前の野盗を殴り倒し、馬乗りになった。それからぎりぎりと喉を締め上げた。野盗はにやけた顔のまま譲治の顔を見つめる。野盗と譲治以外のすべてが暗闇に変わる。漆黒の空間の中、譲治は野盗の喉を締める。


「何笑ってやがるんだ……」


 さらに力を込めると、一瞬だけ苦しそうな顔が映り、またにやにや顔に戻る。譲治は口角を引き上げ、目を見開いた。


「死ね……ッ!」

「――」


 野盗は何か言いたげに口を動かす。


「なんだ、なにが言いたい?」

「―—ん」

「なんだ! 聞こえねえぞ!」

「……さん!」

「死ね! お前らなんて死んじま――」

「――譲治さん!」

 

 途端に、暗闇の世界は消えうせ、元のブルーの世界に戻った。

 譲治は震える手をどけ、その顔を見る。


 整った顔立ち。

 長いまつ毛。

 くりくりと大きい目。

 綺麗な薄桃色の唇。


「お前……マコ、トか……?」

「譲治さん……よかった……」


 苦痛に歪んだ顔で、なんとか笑顔を作るマコト。その口の端にはあざができ、血がにじんでいた。譲治はマコトから飛び退くと、うつろな視線のまま座り込み、頭を抱えた。


「俺は……おれは――」


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