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世紀末救世主になれないおっさんは目が死んでる  作者: 海光蛸八
六章 譲治の過去
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口論

 譲治とマコトは田園地帯を抜け、廃墟の立ち並ぶ道を歩いていた。ちらりと見えた道案内の看板から察するに、ここは繁華街だったようだ。かつては多くの商業店が立ち並んでいたようだが、今ではひとつ残らず瓦礫の山と化している。


「そこ、足元気をつけろ」

「はい」


 二人はいくつか言葉を交わしていたが、マコトはいつものように質問をしたりはしなかった。瓦礫の繁華街を抜けて坂道を上ると舗装された土手になっていた。かつてはサイクリングコースだったようだ。コースの脇には花壇もあり、いいコースだったに違いない。

 しかし、今となってはコースのコンクリートめくれ上がり、沿道の花壇には名前も知らない雑草が生い茂っている。コースの先には川があり、水面は夕日を反射して真っ赤に輝いている。


「譲治さん」

「どうかしたのか」


 近寄ってくる譲治にマコトは手の甲のモニターを見せた。モニターにはこの辺りの拡大地図が表示されており、川を隔てた先にピンが立っていた。そのピンには数字がふってある。


「シェルター99です」


 川の向こうに目をやると、小ぎれいな学校の校舎のようなものがみえた。大学だろうか。その大学にシェルター99があると地図は表示している。タクヤとマザーに聞いた情報の先入観もあるのだろうが、なんとなく重苦しい雰囲気が大学の周りには漂っているように見えた。


「どうしましょう」

「やめておこう。危険は避けるに越したことはない」


 譲治たちは当初の予定通り、シェルター72に向けて、再び歩を進めた。


「あとどれくらいだ」

「明日のお昼くらいには到着できると思います」

「まだかかるか……」


 二人が踏みしめるコンクリートには裂傷のような亀裂が入り、雑草や若木がその傷を広げようと頭を伸ばしている。亀裂近くに溜まった水たまりには夕焼け空が映り込み、血だまりのように見えた。その血だまりの中を糸のような虫が蠢いている。


「もうすぐ日が暮れる。メシにしよう」


 譲治はベンチのような形に曲がったガードレールに腰掛け、携帯コンロを取り出した。それから手のひら大の燻製肉を取り出し、念のため炙ってから二人で食べる。


「シェルター72に基盤はありますかね」

「そう願うしかないな」


 固めの燻製肉を懸命に咀嚼しながら言うマコトに、譲治は鼻で笑いながら答える。マコトはごくりと喉を鳴らして飲み込むと、ごちそうさま。と言って手を合わせた。それから半透明のヘアピンの箱を取り出して覗き込んだ。

 少しの間そうして、髪に着けていたイルカの絵がプリントされたヘアピンを取り外して箱にしまい、それからまた覗き込む。最近、これがマコトの習慣になりつつある。箱を見つめたまま、マコトが口を開く。


「もしあったとして、その後どうしたいですか?」

「後も何も、普通にシェルターでの生活を謳歌させてもらうだけだ」


 譲治も食べ終え、今はコンロの火で煙草に火をつけて一服していた。


「じゃあ、この間話してたことやりましょうよ!」

「何か話したか?」

「昔、夢があったって言ってたじゃないですか」

「ああ、あれか……」


 譲治は目を逸らし、煙草の煙を吐き出した。


「あれはいいんだ」

「なんでですか」

「言ったら笑うからな」

「笑いませんよお!」


 マコトは食い下がるが、譲治は口を固く結んだ。


「お前はどうなんだ、何かないのか」

「わ、私ですか?」


 マコトは腕を組んで考えると、口を開いた。


「私、いろんなものを見て回りたいです!」


 譲治は視線を彼女に向けた。


「外の世界をか?」

「そうです!」

「そんなことしても死ぬだけだぞ」


 譲治の声色が変わったことにマコトは気がつかずに、言葉を続けた。


「確かに怖いこともありましたけど……」

「そうだろう」

「でも、この世界には素晴らしいものがあると思うんです!」


 立ち上がり、目を輝かせながら言うマコトに、譲治は冷ややかな口調で言う。


「そんなものない。瓦礫と伸び放題の植物。それに明日死ぬかもしれない軽い命を持った人間がうろついてるだけだ」

「なら、残骸の中にも素晴らしいものがあるはずですよ。写真で色々な物を見ました!」

「見てどうなるんだ。お前は安全な生活を送れる幸福を分かってない。外にあるものなんて、ろくでもないものばっかりだ。物も人もな」


 否定を続ける譲治に、さすがのマコトもむっとした表情になる。


「どうしてそんなこと言うんですか」

「さっきの野盗どもは何をしてた?」


 マコトは口を閉じた。


「俺は外で何十年も生き延びてきたんだ。何でも知ってる」

「譲治さんはこの世界の全部を見てきたんですか?」

「見なくてもだいたいわかる」


 譲治が吐き捨てるように言うと、マコトは唇をかみ締めた。


「……それでも、私は色々なものを見――」

「お前は浄水器の心配だけしてろ!」


 語気が強まった譲治に、マコトは一瞬たじろいだが、すぐに食って掛かった。


「そんな言い方しなくてもいいじゃないですか!」

「お前は外の世界がどれだけ危険か知ってるのか!?」

「知りません!」

「じゃあ教えてやる。ある男は村を襲撃する野盗相手に話し合いで解決しようと、丸腰でアジトに向かった。そいつは殺されて吊るされた! ある女は道を歩いてただけで野犬に喉笛を食いちぎられた! ある男は子供に話しかけただけで刺されて文字通り皮を剥がれた! 野盗のガキだったんだ! 道に落ちてるおもちゃを拾おうとした子供が、動物用の罠に挟まれて真っ二つになったところを見たこともある! 事故じゃないぞ、子供を殺すために仕掛けられた罠だったんだ!」


 譲治は息継ぎもせずに言うと、怒気をはらんだ視線をマコトに向ける。マコトは何か言いたげに唇を震わせていたが、顔を伏せてぼそりと呟いた。


「譲治さんがどう言おうと、私は外の世界を見たいです」


 なぜこんなに腹が立つのか譲治自身も分からなかったが、頭に血が上った譲治はもう止まらない。煙草を投げ捨て立ち上がりマコトの胸ぐらを掴み、引き寄せ、怒りで震える口を開く。


「今何て言った!」

「譲治さんがなんて言おうと関係ないって言ったんです!」

「なんだと!」


 売り言葉に買い言葉。理性の吹き飛んだ二人は、頭に湧き出た台詞をそのまま口に出して言い争った。


「どうして譲治さんはそんな風に言うんですか!」

「お前が心配だからだ! どうしてそれが分からない!」

「譲治さんこそ分かってないです!」

「俺が何を分かってないんだ!」

「私は外に出て譲治さんに会えました!!」


 マコトの言葉に譲治の手の力が緩んだ。


「確かに譲治さんが言うように怖い人もひどい事もたくさんあると思います、でも私は……外に出て譲治さんに会えました。譲治さんのお陰で色々な事が知れました、色んな所に行けました、優しい人にも会えました……だから、私は……」

「お前は分かってない。この世界は全部ろくでもないんだ」

「でも、私は……!」

「こんなクソったれな世界をうろつくな! 安全なシェルターで静かに暮らせ!」

「どうしてそんな……!」

「いいか! 外に出て俺の娘は――!」


 ふ、と譲治の顔から一切の感情が抜け落ちた。焦点の合っていない視線が左右に泳ぐ。譲治はマコトから手を離し、それから深く、長く息を吐き出した。それから曲がったガードレールにゆっくりと座りなおし、足元のコンクリートのはげた道路を見つめた。


「……すまない。ちょっと熱くなりすぎた」


 譲治はうつむいたまま謝ったが、その声は今まで怒りを顕わにしていた様子からは信じられないような小さなものだった。


「いえ……私もひどい事……せっかく譲治さんが心配してくれてるのに」


 譲治の豹変ぶりに、マコトもすっかり毒気を抜かれてしまった。


「……そろそろ火を焚くか」


 譲治は立ち上がって投げ捨てた煙草を踏み消すと、黙って薪を集め始めた。

 マコトも黙って下を向き、その後ろを追いかけた。


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