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世紀末救世主になれないおっさんは目が死んでる  作者: 海光蛸八
六章 譲治の過去
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殺人、初めての

 前方の田園地帯の一角に数人の野盗がいた。粗末な柵の中に浮浪者と牙の発達した豚を放り込み、その戦いを下卑た笑い声をあげながら観戦している。


 そこから数十メートル離れた地点の大きな倒木の影で、譲治とマコトはそれぞれ銃とレーザーライフルを手に攻撃のタイミングをうかがっていた。

こ の先は開けた空間が続いており、身を隠すものがほとんどない。いま隠れている倒木から少しでも離れたら、見つかることは明白だった。空はようやく赤くなり始めたばかりで、夜の暗闇を待つには時間がありすぎる。相手は全部で三人。一人は銃を持っているようなので、へたに時間をかけ、散開されたら譲治たちが不利になる状況だった。

 自分の身を守るために野盗を見過ごすわけにはいかない。浮浪者を助けようなどというヒーローじみた正義感からではない。と、譲治はそう考えていたが、マコトは違った。


「早くしないとあの人が……」

「待て、今出て行ったら見つかる」


 譲治は浮浪者か豚のどちらかが死ぬまで待つつもりだった。そうすれば三人の注意がそのことに向かい、大きな隙が生まれるだろう。しかし、マコトは待ちきれないと言う様子で、倒木の影から顔を出したりひっこめたりを繰り返している。


「顔出すな、気づかれるぞ」

「でも……」


 その瞬間、男の悲鳴が二人の耳に飛び込んできた。巨木から顔を出すと、浮浪者が足を押さえてのた打ち回っているのが見えた。豚が浮浪者に突進を仕掛け、その牙の先端が足に突き刺さったようだ。野盗たちが煽るような歓声を上げる。


「譲治さん……!」

「よし、いいか。俺がまずあそこまで行く」


 譲治は、朽ち果てたトラクターを指差した。


「俺が合図を出したらやつらに向けて撃て。あてなくていい。それでお前に注意がいったら、その隙をついて俺がやる。お前は注意をひいたら伏せて隠れてるんだ。いいな?」

「……」

「おい、分かったな?」

「は、はい」


 譲治は倒木の影から慎重に頭を出し、男たちの様子を見た。浮浪者が血を流したことで興奮しているのか、こちらをちらりとも見なかった。譲治はその隙に、放置された廃トラクターの影に移動した。

 振り向いてマコトのほうを見る。相変わらず頻繁に頭を出し、様子を伺っている。譲治はジェスチャーでやめる様に伝えてから、トラクターからわずかに顔を出して様子を探った。


 野盗は譲治たちには気がついていないようだったが、少しばかり距離がある。詰め寄れるような距離でもなく、拳銃を使っても確実に急所に当てるのは難しい距離だった。やはりどちらかが死ぬまで待つべきだ。譲治がそう思ったときだった。


 空気を切り裂くような奇妙な音と共に、譲治の視界を赤い線が横切った。その赤い線は、浮浪者と豚を囲んでいる柵の一部に当たり、ゴルフボール大の穴が空く。とっさに譲治が倒木のほうへ顔を向けると、マコトが巨木から身を乗り出し、レーザーライフルの引き金を引いていた。


(あの馬鹿……!)


 野盗たちは一瞬何が起こったかわからないといった様子で立ち尽くしていたが、すぐにマコトの存在に気づき、雄叫びを上げながら倒木に向かって銃を乱射した。幸いなことに、まだ譲治は気づかれていない。譲治はマコトに「伏せろ!」とジェスチャーで伝え、銃を持った男が近づくのを待った。


 自分の腕でも急所に弾を当てられる距離まで、野盗が近づいてくるのを、譲治はじっと待った。あと三歩、二歩、一歩――最後の足音と共に、譲治はトラクターから飛び出し、気づかれるより先に引き金を引いた。

譲治の撃った弾丸は野盗の喉に当たり、風穴を開けた。男は喉にあいた穴から血を噴き出しながら、何が起きたのか分からない。といった表情で、頭から地面に倒れこんだ。


 次の瞬間、譲治は額に衝撃を受け、そのまま後ろに吹き飛ばされるように倒れた。トラクターの陰から近づいて来ていた男に、不意打ちされたのだった。男は譲治の血がついた角材を肩に乗せ、余裕の表情で譲治を見下ろした。軽い脳震盪を起こして仰向けに倒れている譲治に止めを刺そうと、角材を振り上げる。


 再び、空気を焦がす奇妙な音と共に赤い熱光線が放たれる。角材を振り上げていた男の横顔に、圧縮された熱光線がまともに当たった。レーザー光線の粒子が徐々に広がっていき、男の顔が焼け焦げる。


 男が悲鳴をあげて角材を落とすと、譲治はそれを拾い上げ、上体を起こした姿勢で男の足を殴りつけた。たまらず膝をついた男の顔を、譲治は角材で殴りつけた。衝撃で男はトラクターの車体に叩きつけられ、炭化した顔半分が崩れ落ちた。そして男はそのまま動かなくなった。

 譲治は立ち上がって銃をすばやく拾い上げ、残りの男に狙いを合わせようとしたが、男は既にいなかった。遠方に、走り去って行く小さな人影が見えた。視線を回すと、柵は壊れており、浮浪者や豚の姿も遠くに消えていった。


 譲治は深く息を吐き出すと、まだ熱を持ったリボルバーを腰に差し、倒木へ大股で歩み寄る。倒木を覗き込むと、マコトはレーザーライフルを抱くように抱え、倒木を背に座り込んでいた。


「馬鹿なことしてくれたな」

「すみません……」

「へたしたら死んでたんだぞ!」

「見てられなくて……」


 譲治は興奮を抑えるようにもう一度息を吐き出した。


「なんで指示を守らなかった」

「あのままじゃ……あの人が……」


 譲治はマコトの前に移動して、しゃがみこんで言葉を続けた。


「お前のしたことは間違っちゃいない。思いやりがあって正しい行動だ」


 譲治が肩に手を置くと、マコトはゆっくりと顔を上げた。マコトの黒い瞳を、譲治は真っ直ぐ見据える。


「だがな、この時代は……優しくて思いやりのある奴から死んでいくんだ」


 マコトは大きな目をさらに大きくしてから、目を伏せ、ゆっくりとうなずいた。


「わかったな?」

「……はい」


 マコトは座り込んだまま、視線を一点に向け、震える息を吐き出していた。


「もういい。終わったことだ」

「はい、ごめんなさい……」


 譲治が少し柔らかい声をかけても、マコトは立ち上がろうとしなかった。というより、立ち上がることができないように見えた。


「どうした、撃たれたのか?」

「い、いえ……」

「だったら――」


 譲治はふと、トラクターの脇にある死体に気が付いた。


「人を撃ったのは初めてか」

「すみ、ません……」

「そうか、そうだよな……」


 どう声をかけていいか分からず、譲治はしゃがんでマコトの頭に手を置いた。マコトはびくりと体を跳ねさせ、細く短い息を吐いている。小刻みに震える頭を、譲治はあやすように優しく叩いた。


「大丈夫だ。こいつらは……」

「死んで当然の人間、ですか?」

「……そうだ。それにとどめを刺したのは俺だ」

「そう、なんですか」

「ああ、お前の攻撃にひるんだ隙に俺が殴って殺した。それだけだ」


 譲治の嘘に、マコトは自分を納得させるように何度もうなずいてから、大きく息を吐き出した。

 それから自分の顔を両手で音高くはたいた。譲治が肩を跳ねさせるほど音高く。それからライフルをしまって立ち上がり、ぶんっ、と音が鳴るほどの勢いで頭を下げた。


「ごめんなさい! 勝手なことはもうしません!」

「わ、分かったならいい」


 譲治はあたふたと視線を泳がせてから、立ち上がってため息をついた。


「それにしても、お前なかなか銃のセンスがあるじゃないか」


 譲治は立ち上がり、もう一度マコトの頭に手を置いてほめると、マコトは笑顔を作った。まだどこか無理をしているようだが、心配はいらないだろう。譲治は野盗の落とした銃を拾い、マコトと連れ立って歩を進めた。


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