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世紀末救世主になれないおっさんは目が死んでる  作者: 海光蛸八
五章 ジャンクタウン
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全部

取り残されたマコトは、街灯の近くに設置されていた鉄製のベンチに腰掛けた。リュックを自分の足元に置き、再び説明書を睨みつける。しかし、譲治の態度が気になってしまい、説明書をたたんで軽く息を吐いた。ベルトの収納装置を開き、中に入れてあったプラスチック製の箱を取り出して、色とりどりのヘアピンを眺めた。


 譲治がなぜ自分にこれを買ってくれたのか。

 娘の話になるとはぐらかすのはなぜなのか。


 マコトがひとつの推測にたどり着いた時、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。


「あれ、お嬢ちゃん一人ですかい?」

「あっ、あの時の……」


 マコトが顔を上げると、リヤカーを引いた小男が立っていた。ヘアピンの箱をしまって立ち上がると、腰を折って頭を下げた。


「その節は本当にありがとうございました」

「いえいえ、あっしはそんな……」


 あまりにも丁寧なお辞儀をするマコトに、小男は恐縮してしまった。


「シェルターの情報が入ったんで、旦那に教えにきたんだけど……今いないのかな」

「おトイレに行っちゃいました。私でよかったら聞きますけど」

「ホントかい?」


 小男は隙間の空いた歯を見せて笑うと、ボロボロの薄汚れた紙を取り出した。


「ここからちょっと行ったところに公園の跡地があるんだけどね。その辺りを真新しいシェルタースーツを着て歩いてる人間を見たって情報が……」

「あ、ごめんなさい。それたぶん私です」

「へ?」

「その近くに私のシェルターがあるんです」

「きみのシェルターなの?」


 こくりとうなずくマコトに、小男は情けない顔を向けた。


「旦那の探してるシェルターの情報って言うのは、きみの所のじゃダメなのかな……?」

「ごめんなさい。私のシェルターの浄水器を直す部品があるとこを探してて……」


 小男はため息をついて、思い切り肩を落とす。


「……せっかく高く売りつけようと思ったのに」

「お話を聞くにもお金がいるんですか?」

「へ? ああ、まあ」

「どうしましょう。もうお話は聞いちゃいましたし……」

「いやあ、別にそんな」

「うーん……あ」


 マコトは足元のリュックに視線を落とすと、それを持ち上げて、中を探る。五〇〇円硬貨がたっぷり入った袋を見つけると、それを丸ごと小男に差し出した。


「これどうぞ。もうお買いものは済んだので」

「お、いいのかい。ありがとうねお嬢ちゃ――」


 小男は袋の重みに気が付き、言葉を切った。


「ここで開けてもいいかいお嬢ちゃん」

「どうぞ?」


 早口でマコトに許可を取り小男は袋を開けた。街灯の光に照らされ、光輝くおびただしい数の五〇〇円硬貨が男の目に映る。スカベンジャーの男が一生かかっても稼げないような金が、そこには詰まっていた。


「こっ、こここここここれ! これをもらっちまってもいいんですかい!?」

「ええ、もちろん」


 頭上に疑問符を浮かべ、小首をかしげるマコトの手を小男は握りしめた。


「ありがとう! 本当にありがとう! 君は天使だ! 聖人だ! 聖母だ!」

「えっと……喜んでもらえて私もうれしいです」


 小男は何度も礼を言ってからリヤカーも放置して、叫びながら走り去っていった。


「面白いなあ、あの人」

「おう、待たせたな」


 譲治は色落ちしたジーパンで手を拭きながら帰ってきた。リュックを背負い、その重さが軽くなった事に気が付き、すぐさま下ろして中身を確認する。


「金はどこだ」

「私を助けてくれた商人さんが情報をくれたので、お礼に差し上げました!」

「……なに?」

「だから、あげちゃいました!」

「……ぜんぶ?」

「はい!」


 満面の笑みで答えるマコトの頭を、譲治は思い切り引っ叩いた。


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