全部
取り残されたマコトは、街灯の近くに設置されていた鉄製のベンチに腰掛けた。リュックを自分の足元に置き、再び説明書を睨みつける。しかし、譲治の態度が気になってしまい、説明書をたたんで軽く息を吐いた。ベルトの収納装置を開き、中に入れてあったプラスチック製の箱を取り出して、色とりどりのヘアピンを眺めた。
譲治がなぜ自分にこれを買ってくれたのか。
娘の話になるとはぐらかすのはなぜなのか。
マコトがひとつの推測にたどり着いた時、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
「あれ、お嬢ちゃん一人ですかい?」
「あっ、あの時の……」
マコトが顔を上げると、リヤカーを引いた小男が立っていた。ヘアピンの箱をしまって立ち上がると、腰を折って頭を下げた。
「その節は本当にありがとうございました」
「いえいえ、あっしはそんな……」
あまりにも丁寧なお辞儀をするマコトに、小男は恐縮してしまった。
「シェルターの情報が入ったんで、旦那に教えにきたんだけど……今いないのかな」
「おトイレに行っちゃいました。私でよかったら聞きますけど」
「ホントかい?」
小男は隙間の空いた歯を見せて笑うと、ボロボロの薄汚れた紙を取り出した。
「ここからちょっと行ったところに公園の跡地があるんだけどね。その辺りを真新しいシェルタースーツを着て歩いてる人間を見たって情報が……」
「あ、ごめんなさい。それたぶん私です」
「へ?」
「その近くに私のシェルターがあるんです」
「きみのシェルターなの?」
こくりとうなずくマコトに、小男は情けない顔を向けた。
「旦那の探してるシェルターの情報って言うのは、きみの所のじゃダメなのかな……?」
「ごめんなさい。私のシェルターの浄水器を直す部品があるとこを探してて……」
小男はため息をついて、思い切り肩を落とす。
「……せっかく高く売りつけようと思ったのに」
「お話を聞くにもお金がいるんですか?」
「へ? ああ、まあ」
「どうしましょう。もうお話は聞いちゃいましたし……」
「いやあ、別にそんな」
「うーん……あ」
マコトは足元のリュックに視線を落とすと、それを持ち上げて、中を探る。五〇〇円硬貨がたっぷり入った袋を見つけると、それを丸ごと小男に差し出した。
「これどうぞ。もうお買いものは済んだので」
「お、いいのかい。ありがとうねお嬢ちゃ――」
小男は袋の重みに気が付き、言葉を切った。
「ここで開けてもいいかいお嬢ちゃん」
「どうぞ?」
早口でマコトに許可を取り小男は袋を開けた。街灯の光に照らされ、光輝くおびただしい数の五〇〇円硬貨が男の目に映る。スカベンジャーの男が一生かかっても稼げないような金が、そこには詰まっていた。
「こっ、こここここここれ! これをもらっちまってもいいんですかい!?」
「ええ、もちろん」
頭上に疑問符を浮かべ、小首をかしげるマコトの手を小男は握りしめた。
「ありがとう! 本当にありがとう! 君は天使だ! 聖人だ! 聖母だ!」
「えっと……喜んでもらえて私もうれしいです」
小男は何度も礼を言ってからリヤカーも放置して、叫びながら走り去っていった。
「面白いなあ、あの人」
「おう、待たせたな」
譲治は色落ちしたジーパンで手を拭きながら帰ってきた。リュックを背負い、その重さが軽くなった事に気が付き、すぐさま下ろして中身を確認する。
「金はどこだ」
「私を助けてくれた商人さんが情報をくれたので、お礼に差し上げました!」
「……なに?」
「だから、あげちゃいました!」
「……ぜんぶ?」
「はい!」
満面の笑みで答えるマコトの頭を、譲治は思い切り引っ叩いた。




