小男
荷台に横たわる少女の顔立ちは、先ほどの野盗連中より更に若い。旧世界の基準で言うなら高校生か、あるいは中学生くらいかもしれない。シェルターで支給される上下が一繋ぎになっているジャンプスーツを着ていた。
白を貴重としたスーツに、ブーツや手袋は黒色。背中には白地に黒で大きく『37』と書かれていた。左手のグローブの甲にある、小型のモニターらしきものが、ちかちかと点滅している。
「どうやらシェルターから出てきた人間みたいで……風邪だか怪我だか分かりやせんが……」
「……そうか」
「道に倒れてたんで、拾ったんです。その直後に、さっきのガキどもに見つかって」
「で、これを俺にどうしろっていうんだ?」
「ほら、旦那もその……男じゃないですか」
「……どういう意味だ?」
「いえその、別に。ただ、ここいらに娼館は無くてですね」
「だから?」
「だから旦那に売ろうかと。旦那はあんまり娼館にいかないって聞いてますしね」
「……だからなんだ」
「ひょっとしたらこういう小奇麗な女ならと思いまして……」
「いらん、持って帰れ」
「そ、そうですか……中には旦那がまだ未経験だって噂するような奴もいるんですよねえ」
小男の言葉に、譲治は頬を引きつらせた。
「……なんだと?」
「いえいえ、あっしはそんなこと思っちゃいませんよ」
「……」
「ただ、旦那には女っ気がないですから、ね。そういう輩を黙らせるためにも、どうです?」
卑屈に歪んだ横っ面を殴ってやろうかと譲治は腕に力を込めたが、ふと思いとどまった。シェルターから出てきたならそこに帰るはずだ。ならばこの少女と上手く話をつけて、一緒にシェルターに入ってしまえばいい。ある程度なら機械の修理もできるから、追い出されることもないだろう。
問題はこの少女が、シェルターが壊れて仕方なく出てきたクチではないか、ということだ。もしそうだったらその辺に放り出せばいい。思わぬところで将来の見通しが立った。どうやらお天道様はまだ自分を見捨てていなかったようだと、譲治はほくそ笑んだ。
「地上に出てきたばかりみたいなんで、変な病気もないと思いやすが」
「体調がいいようには見えないが」
顔が白いのは、地下のシェルターで生活していたため、と言うばかりではないように見えた。荷台で目をつぶっている少女は、時折眉を寄せて苦しそうに息を吐いている。
「風邪かなんかじゃないですかね」
「そうみたいだな」
そこまで重い病気には見えない。仮に何か重病を患っていたとしてもシェルターまで持ってくれればそれでいい。譲治はそう考えて小男に向き直った。
「よし、引き取ろう」
「よかった! お安くしときますよ」
「なに?」
「これだけ若いと普通は五〇〇円硬貨で四、五十ってとこですが風邪っぴきですし、すぐ死ぬかもしれないですし……出血大サービスで十枚でどうです?」
今の時代、紙幣は保存が難しいと言うこともあり、取引は物々交換か旧世界の硬貨を利用していた。その価値は地域によってまちまちだが、この辺りの地域の相場は旧世界の百倍。五〇〇円硬貨十枚というと、旧世界ならば五十万円。『壁』の中で数年滞在できるほどの額だった。
「おいおい待てよ。俺はお前を助けてやったんだぞ」
「まあ、それはそれ。これはこれってことで。もし今手持ちがないなら月払いとかでも」
そう言うと小男は、砂まみれの小型電子タブレットを取り出した。商人を名乗る者ならだれでも持っている代物だ。そこに売買の情報を打ち込んでおいて、信頼できる相手ならローンを組ませたりもでき、商人仲間と様々な情報を交換することもできる。
「えーと、月払いですと……」
「まてまて」
タブレットを操作している小男に、譲治は詰め寄った。
「お前、本当のところはコイツを持て余してんだろ。拾ったはいいが娼館もない、買い手もいない、その上風邪まで引いてやがる。かといってほっとくのはもったいない。それで俺に押し付けようとしてる。違うか?」
「いやいや、そうは言ってもですね」
「なんだ?」
拳を固め、ぐっと腕に力を込めて、盛り上がる筋肉を見せつける。
「だ、だんな! 家がなくなったからってヤケになってやせんか!?」
「そうかもな」
「待ってくださいよ、あっしも商人の端くれ。暴力沙汰になったら商会が黙って……」
「なんだ、お前俺を脅してんのか」
「いえいえ! そういうつもりじゃ! ただ、冷静にですね……」
「俺はお前をボコボコにして、このガキも商品も、ぜんぶ奪っちまってもいいんだぞ?」
小男は冗談を言うな、とい言いたげな笑みを見せたが、譲治への恐怖でその笑顔は引きつっていた。
「そうやって奪い取れるのに、こうして話し合ってんだ。十分冷静じゃないか」
「わ、わかりましたよ……五枚でいいです」
「三枚だ」
「いや、それはちょっと」
「なにか文句があるのか?」
再び筋肉を見せつけると、小男は口をつぐんだ。
「よし、決まりだ。それじゃ、次は商品をいくつかもらおうか」
「へえ、じゃあ何を?」
「当然割引価格だよな?」
「はあ!?」
「おいおい、このガキはお前が持て余していたのを俺が買い取ってやっただけだろ。今度はお前を野盗から助けたお礼をしてもらわなきゃな。そうだろ?」
例のごとく肉体で脅しをかけると、小男は諦めたように肩をすくめた。この時代、なんといっても力が大事だ。この手の『交渉』もすぐにけりがつく。
とはいえ、本来ならこういう荒っぽい交渉はしない方が得策だ。小男も言っていたが、商人たちは地域ごとに『商会』を持っており、横のつながりがある。そのため、あくどい客は当然商会本部のブラックリストに載る。そうなれば、先ほど小男が見せたタブレットに情報が送られ、ほとんど売り買いなどできなくなるし、最悪、討伐隊まで組まれることもある。
もうこの辺りの土地から出て行こうと決めた譲治だからできることだった。
「分かりましたよ……」
「よし、それでいいんだよ」
譲治は意識して力強く小男の肩を叩いた。ブツブツと文句を垂れている小男を無視して、譲治は半分だけめくれていたリヤカーの毛布を取り払い、商品の品定めを始めた。
ふと少女の顔が視界に入った。
シェルター暮らしの白い顔は更に青ざめ、眉を苦しそうに歪ませている。譲治の視線に気が付いたのか、少女はゆっくりと目を開け、青い顔のまま譲治に向かって笑顔を作った。
「どうも……こん、にちは……」
「……なに言ってんだ?」