出発
「よく眠れましたか?」
「ああ、お前は?」
「私もぐっすりです」
「だろうな……よだれの跡残ってるぞ」
「うえっ!? すみません」
翌日、食堂で二人は朝食を食べていた。子供たちにからまれないよう、かなり早い時間だった。二人のほかには誰もいない。譲治はゼリー食に挑戦してみたが、肉の味のする寒天と言った感じでやはり微妙だった。マコトはコーンポタージュ味のゼリー食を美味しそうに口に運んでいる。信じられないと言った顔でその様子を見ていた譲治に、マコトが質問する。
「どこに向かうんでしたっけ」
「ジャンクタウンだ。ひねりのない名前だが、この辺を縄張りにしてる商人が集まる重要な拠点になってる」
譲治はいくらかましな味の豚肉味のブロック食を水で流し込みながら答えた。
「商人は各地を回ってるからな。そいつらが大勢いるところには自然と情報も集まる。もしかしたら価値のわからない商人が基盤を露店で売ってるかもしれないな」
「だったら大丈夫ですね!」
正直なところ、そうなる望みは薄いが、そんなことをわざわざ言う必要もない。譲治は笑顔になったマコトを見て少しだけ笑って、食事を続けた。雑談を続けながら食事を終え、譲治とマコトは食器を片づけた。
「お二人ともおはようございます」
食堂を出てシェルターの入口に向かっていると、カレンが姿を現した。昨日と同じ品のある微笑みを浮かべていたが、その手には包帯が巻かれていた。
「おはようございま……あれ、それどうしたんですか」
「あ、ああ……少しぶつけてしまいまして」
「だ、大丈夫ですか!」
あわあわとした様子で自身の手に触れたマコトを、カレンは慈しむような眼で見降ろし、そして抱き寄せた。
「え、あの……?」
「マコト……貴方は優しい人間です」
「あ、ありがとうございます?」
「どうか、どうか気をつけて……」
カレンはマコトと額を合わせると強い祈りを捧げるように、きつくきつく目を閉じていた。譲治はその表情に偽りの感情を読み取ることはできなかった。カレンはやがて目を開くと譲治に向き直った。
「譲治様、この子を守ってやってください」
「ああ、心配するな。無事に戻る」
言葉は気を休めることしかできないことを大人二人は分かっていた。だが、それでも譲治は言葉にして、カレンはそれを受け取った。
「さあ、行くぞ」
譲治が短くそう言うと、カレンとマコトは同時に頷いた。それから三人は外へと続く道を無言で歩いて行った。
「あ、あれ?」
三人が出口へ着くと、そこにはまだ早い時間だと言うのに、子供たちが待っていた。マコトと譲治への激励の言葉が飛び交う。まるでヒーローにでもなったみたいだと譲治は思いつつ、その歓声の中を進んで行く。
「扉を開きます」
管理官カレンの言葉と同時に、外側でかんぬきが擦れる金属音が聞こえた。少し待てば扉が開き、冷たい空気が流れ込む。二人が扉を超え、コンクリートの回廊に出たあたりで、子供たちはひときわ大きな声で叫んだ。
「「「いってらっしゃい! おとうさーん!」」」
「……俺はいつからあいつらの父親になったんだ?」
「いやその、何て言ったらいいのか……」




