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世紀末救世主になれないおっさんは目が死んでる  作者: 海光蛸八
四章 シェルターへ
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ブロック食

「この部屋は空き部屋なんで、自由に使ってください」


 居住区へと続く廊下を抜け、譲治は八畳ほどの個室に案内された。入り口こそ頑丈にできた自動ドアだったが、内装は無機質なベッドにロッカー、バストイレと、旧世界のビジネスホテルのようだった。


「なにか食べますか?」

「そうだな、頼むよ」


 マコトは壁の隅にあったモニターを起動し、『食事』というアイコンをタッチした。隣で画面を見ていた譲治の目に、『ゼリー食』『ブロック食』という文字が映る。以前マコトが言っていたもののようだ。


「譲治さんならブロック食で大丈夫だと思います」

「大丈夫って何がだ」

「調理用のジェルをブロック食は多く使うんですよ」

「そういえばそんなこと言ってたっけな」


 譲治は画面を覗き込み、メニューを確認する。


 主食、魚、肉、野菜、甘味。それらがある中で、肉のアイコンにタッチすると、さらにいくつかのアイコンが現れたので、鶏肉のアイコンをタッチする。「少々お待ちください」と機械音声が言って数秒待つと、長方形のクッキーのようなブロックがモニターの下から出てきた。それを近くのテーブルまで持って行き、二人はイスに腰掛けた。


 譲治はつまんで口に放り込む。何度か咀嚼すると、確かに鶏肉のような味がした。しかし、噛んでいくにつれ、口内の水分を吸収していき、粘り気が出てきた。鶏肉味のチューインガムといった感じで、正直美味しいとは言い難かった。


「……こりゃ一体なんで出来てるんだ?」

「調理用ジェルです」

「だからそのジェルの元だよ」

「ええっと、主にシェルターで出るごみですね! 服の繊維とか散髪した髪とか……あとは排泄物もですかね?」

「はいせ……」


 譲治はなんとか飲み込んだが、口内は完全に水分がなくなっていた。

 同時に食欲もなくなっていた。


「どうですか?」

「ああ……まあ、うん。大丈夫だ。水をくれ」


 譲治の言葉をどうとらえたのか、マコトは満面の笑みを浮かべながら水を手渡す。


「譲治さん、この部屋の使い方分かりますか?」

「ずいぶん昔に使ったきりだからな」

「それじゃ説明しますね!」


 マコトは立ち上がると、部屋の機能をあれこれ説明し始めた。ひとつひとつの機械に音声解説がついていたのだが、マコトは譲治に自分で説明したかったのだろう。譲治もマコトの気持ちを汲み取り、水を飲みながら説明を聞く。


「まず、ロッカーですが……」

「ロッカーの使い方くらいは分かる」

「そ、そうですよね! じゃあ、えっと、これはメディカルボックスです」

「メディカルボックス?」


 小窓がついた真っ白な棺桶のような物の前に立って、マコトはうんうんと頷いた。


「体にたまった疲れとか、異物を一瞬で取り除いてくれるんですよ」

「それはいいな」

「やってみますか?」

「ああ」

「はい! 服は着たままでいいですよ」


 譲治がテーブルにコップを置いて中に入ると、紳士風の声で電子音声がどのような処置をするのか尋ねてきた。小窓から外を見ると、マコトが親指を立てて「まかせてください」と口を動かしているのが分かった。マコトに任せて少し待つと、譲治の体の所々にレーザー光線が当てられる。少々の熱は感じるが、痛みはない。数秒後、再び電子音性が聞こえ、扉が開かれた。


「体に入った良くない物はこれで取れました」

「そうか、よかった」


 譲治が大きく伸びをすると、マコトはドクターマシンから出てきた診察表を眺める。


「あの、譲治さん。シェルターに入ってたことがあるんですか?」

「どうして」

「さっき、昔ここの装置を使ったみたいなこと言ってたんで」

「ああ」

「それと、譲治さんの体にチップがあったので」

「チップ?」


 譲治が食いつくと、マコトは診察表を譲治に見せた。筋肉疲労や血栓といった項目のほかに、チップという文字も見えた。


「シェルターにいる人に埋め込まれるチップみたいだったんですが……」

「じゃあ、お前もにもその……チップは埋め込まれてんのか?」

「体調管理とかに役立ちますし、チップがないとこのスーツの機能は使えないんですよ」


 マコトは自分の手の甲のモニターを譲治に見せながら言った。


「なるほどな。それで、俺の体にあるチップっていうのは……」

「譲治さんのも体に害はないようだったので、そのままにしておいたんですが」

「この機械で取れるのか」

「取れる、とは思うんですけど……」

「けどなんだ」

「私たちにも埋め込まれてるんですけど、譲治さんの物とは違うみたいで……」

「どうなるか分からないってか」

「はい。それに管理官もチップは大切なものだって言ってましたし」


 そういえば管理官はチップの話を途中で切り上げていた。大切なものだから部外者には渡せないのか。それとも譲治にはすでに埋め込まれていることを知っていたのか。しかし、譲治と話しているときの口ぶりからは、チップの存在に気が付いているとは考え辛い。なにか隠している事がありそうだ。


「譲治さん」


 マコトの呼びかけで、譲治は思考を止めた。


「シェルターに入ってたことあるんですか?」

「昔な、娘と一緒に入って……」


 譲治は言葉を止めると、無言で机に上にあったコップを手に取り水を飲み干した。マコトはしばらく続きを待っていたが、譲治が口を開くことはなかった。マコトは何かを察したのかそれ以上聞かず、机がなんだ、ベッドがなんだという説明を再開した。譲治はその説明を聞き流しながらチップのことを考えた。


 確かに自分は昔シェルターに入っていたが、チップなんて埋め込まれた覚えはない。生活している間に、いつの間にか埋め込まれたのか。


「譲治さん聞いてますか?」

「ん?」

「これは瞬間クリーニングです。ここに服を入れると数分で……」


 譲治はマコトの説明を聞くふりをして更に考えた。シェルターに居る者はチップを埋め込まれる。それは体調管理のためというが本当にそうなのだろうか。シェルタースーツの機能を使えないというが、もっと他に――。


 譲治はそこまで考えてため息をついた。どうも自分には余計なことまで疑う癖がついてしまっている。チップのことなどどうでもいい。マコトが言うには問題ないそうじゃないか。それにどうしても気持ち悪ければ、さっきのなんとかボックスで取り除ける。今はそんなチップのことより考えるべきことがたくさんある。


 譲治はとりあえず、マコトの施設説明に耳を傾けた。


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