ブロック食
「この部屋は空き部屋なんで、自由に使ってください」
居住区へと続く廊下を抜け、譲治は八畳ほどの個室に案内された。入り口こそ頑丈にできた自動ドアだったが、内装は無機質なベッドにロッカー、バストイレと、旧世界のビジネスホテルのようだった。
「なにか食べますか?」
「そうだな、頼むよ」
マコトは壁の隅にあったモニターを起動し、『食事』というアイコンをタッチした。隣で画面を見ていた譲治の目に、『ゼリー食』『ブロック食』という文字が映る。以前マコトが言っていたもののようだ。
「譲治さんならブロック食で大丈夫だと思います」
「大丈夫って何がだ」
「調理用のジェルをブロック食は多く使うんですよ」
「そういえばそんなこと言ってたっけな」
譲治は画面を覗き込み、メニューを確認する。
主食、魚、肉、野菜、甘味。それらがある中で、肉のアイコンにタッチすると、さらにいくつかのアイコンが現れたので、鶏肉のアイコンをタッチする。「少々お待ちください」と機械音声が言って数秒待つと、長方形のクッキーのようなブロックがモニターの下から出てきた。それを近くのテーブルまで持って行き、二人はイスに腰掛けた。
譲治はつまんで口に放り込む。何度か咀嚼すると、確かに鶏肉のような味がした。しかし、噛んでいくにつれ、口内の水分を吸収していき、粘り気が出てきた。鶏肉味のチューインガムといった感じで、正直美味しいとは言い難かった。
「……こりゃ一体なんで出来てるんだ?」
「調理用ジェルです」
「だからそのジェルの元だよ」
「ええっと、主にシェルターで出るごみですね! 服の繊維とか散髪した髪とか……あとは排泄物もですかね?」
「はいせ……」
譲治はなんとか飲み込んだが、口内は完全に水分がなくなっていた。
同時に食欲もなくなっていた。
「どうですか?」
「ああ……まあ、うん。大丈夫だ。水をくれ」
譲治の言葉をどうとらえたのか、マコトは満面の笑みを浮かべながら水を手渡す。
「譲治さん、この部屋の使い方分かりますか?」
「ずいぶん昔に使ったきりだからな」
「それじゃ説明しますね!」
マコトは立ち上がると、部屋の機能をあれこれ説明し始めた。ひとつひとつの機械に音声解説がついていたのだが、マコトは譲治に自分で説明したかったのだろう。譲治もマコトの気持ちを汲み取り、水を飲みながら説明を聞く。
「まず、ロッカーですが……」
「ロッカーの使い方くらいは分かる」
「そ、そうですよね! じゃあ、えっと、これはメディカルボックスです」
「メディカルボックス?」
小窓がついた真っ白な棺桶のような物の前に立って、マコトはうんうんと頷いた。
「体にたまった疲れとか、異物を一瞬で取り除いてくれるんですよ」
「それはいいな」
「やってみますか?」
「ああ」
「はい! 服は着たままでいいですよ」
譲治がテーブルにコップを置いて中に入ると、紳士風の声で電子音声がどのような処置をするのか尋ねてきた。小窓から外を見ると、マコトが親指を立てて「まかせてください」と口を動かしているのが分かった。マコトに任せて少し待つと、譲治の体の所々にレーザー光線が当てられる。少々の熱は感じるが、痛みはない。数秒後、再び電子音性が聞こえ、扉が開かれた。
「体に入った良くない物はこれで取れました」
「そうか、よかった」
譲治が大きく伸びをすると、マコトはドクターマシンから出てきた診察表を眺める。
「あの、譲治さん。シェルターに入ってたことがあるんですか?」
「どうして」
「さっき、昔ここの装置を使ったみたいなこと言ってたんで」
「ああ」
「それと、譲治さんの体にチップがあったので」
「チップ?」
譲治が食いつくと、マコトは診察表を譲治に見せた。筋肉疲労や血栓といった項目のほかに、チップという文字も見えた。
「シェルターにいる人に埋め込まれるチップみたいだったんですが……」
「じゃあ、お前もにもその……チップは埋め込まれてんのか?」
「体調管理とかに役立ちますし、チップがないとこのスーツの機能は使えないんですよ」
マコトは自分の手の甲のモニターを譲治に見せながら言った。
「なるほどな。それで、俺の体にあるチップっていうのは……」
「譲治さんのも体に害はないようだったので、そのままにしておいたんですが」
「この機械で取れるのか」
「取れる、とは思うんですけど……」
「けどなんだ」
「私たちにも埋め込まれてるんですけど、譲治さんの物とは違うみたいで……」
「どうなるか分からないってか」
「はい。それに管理官もチップは大切なものだって言ってましたし」
そういえば管理官はチップの話を途中で切り上げていた。大切なものだから部外者には渡せないのか。それとも譲治にはすでに埋め込まれていることを知っていたのか。しかし、譲治と話しているときの口ぶりからは、チップの存在に気が付いているとは考え辛い。なにか隠している事がありそうだ。
「譲治さん」
マコトの呼びかけで、譲治は思考を止めた。
「シェルターに入ってたことあるんですか?」
「昔な、娘と一緒に入って……」
譲治は言葉を止めると、無言で机に上にあったコップを手に取り水を飲み干した。マコトはしばらく続きを待っていたが、譲治が口を開くことはなかった。マコトは何かを察したのかそれ以上聞かず、机がなんだ、ベッドがなんだという説明を再開した。譲治はその説明を聞き流しながらチップのことを考えた。
確かに自分は昔シェルターに入っていたが、チップなんて埋め込まれた覚えはない。生活している間に、いつの間にか埋め込まれたのか。
「譲治さん聞いてますか?」
「ん?」
「これは瞬間クリーニングです。ここに服を入れると数分で……」
譲治はマコトの説明を聞くふりをして更に考えた。シェルターに居る者はチップを埋め込まれる。それは体調管理のためというが本当にそうなのだろうか。シェルタースーツの機能を使えないというが、もっと他に――。
譲治はそこまで考えてため息をついた。どうも自分には余計なことまで疑う癖がついてしまっている。チップのことなどどうでもいい。マコトが言うには問題ないそうじゃないか。それにどうしても気持ち悪ければ、さっきのなんとかボックスで取り除ける。今はそんなチップのことより考えるべきことがたくさんある。
譲治はとりあえず、マコトの施設説明に耳を傾けた。




